赤の女

マフユフミ

第1話


目覚めたらそこは灰色の天井

見たこともないカーテンが揺れている

頬を撫でる風にふと振り返って見れば

窓際には見知らぬ女の姿


「目覚めたのね」なんて言う口唇には

真っ赤な口紅が引かれている

ワインレッドの肩が出ているドレス

艶のある深紅のハイヒール

灰色の空間にはその鮮やかさが

ひどくくっきりして見えた


ここはどこなのか、と問おうにも

声が出ないことに今さら気づく

ひりつく喉からこぼれるのは

言葉とは程遠い掠れた音で

それならばと手足を動かそうにも

1ミリたりと動かない四肢は

鎖でキツく拘束されている


「気分はどう?」と近づく女から

甘やかな香りが立ち上る

どこかで嗅いだことのあるような

柔らかなそれでいてスッキリする香り

それでもそれは却って心の不安を煽る

何もかもが分からないことだらけの中で

回転すべき脳も速度を緩めている


「緊張してるの?」

女は可笑しそうに問いかける

それがどうにも癪でふいと目を逸らす

「何も構える必要なんてないのよ」

言いながら頬に触れてくる指は

あまりにも冷たくてまるで死人のようだ

そこにいる妙に艶っぽい女とは

まるで不釣り合いに思える


そういえばこれまでに

この女に会ったことはあるのだろうか

不意に浮かんだ疑問は

ここにいる自分自身を大きく揺るがした

なぜならひとかけらの記憶さえ

この体には残っていなかったからだ


私は誰なのかここはどこなのか女は誰なのか

何がどうなって私はここにいるのか


脳の中を様々な疑問が掛け巡る

それでもそんな動揺を気取られないよう

微笑む女の顔をしっかり視界に入れてみる

すべての謎を解くカギは

今のところこの女しか見当たらない

それならばしっかりそのカギを

見据えるよりほかないのだから


遠目でもぱっと目につくほど

その女はとても美しい顔をしていた

真っ赤な口唇につい目をやりがちだが

ほかのパーツもすべて均整が取れていて

ドレス姿がなんの違和感もなくはまっている

しかしなんだか落ち着かない

女に触れられた頬から感じるのは

なんとも異質な存在感だった


「心配なんてする必要ないわ」

妙に自信にあふれた女の言葉

動けない私の額にキスを落とす

「ただこのまま安心して眠ればいいの」

そう告げると女は再び窓際へと歩き出す

安心なんてできやしない、と

伝えたくても伝えられない現状が

記憶もなく空っぽな私を絶望させる

それは結局何ひとつ

手がかりを得られていないという事実


この訳の分からない灰色の中

はっきりと見えるのは女の纏う赤だけで

焦りと不安の中でそれを見ながら

徐々に睡魔が押し寄せてくるのを感じる

とても寝ていい状況とは思えないのに

抗えない睡魔に絆されていく自分が

どうにも自分であると思えない


「不満そうね」

窓辺から女がこちらを振り返る

吹き抜ける風に黒い髪が揺れて

女は髪をかき上げる

「じゃあ、特別に教えてあげるわ」

強い目がこちらを見つめる

「あなたはあたし、昨日までのあたし」

唄うように女は言う

「あたしはあたしが押さえ付けてた欲望の塊」

あの女が私であり私があの女である

もう半分も意味が入ってこない


女は暗がりが広がる窓の外を見やる

「あたしはもう我慢をすることをやめたの」

揺れるカーテンを弄ぶ指

血の温度を感じられなかったあの指

「いつも何かに縛られてずっと灰色の気分で」

「そんな人生にもう飽き飽きしたの」

「だからあたしはあたしを殺すことにした」

指先でピストルを真似てこちらへ向ける

不穏な言葉に不思議と恐怖はない

それは女が自分の一部であるからなのか

思考能力が低下しているからなのか

私にはもう分からない


「さあ、あなたの命をちょうだい」

指先から放たれる銃弾にうたれ目を閉じた

もう何もかもがまどろみの中だ

「おやすみなさい、かわいい子」

その言葉を最後に私の意識は途絶えた

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赤の女 マフユフミ @winterday

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