第31話金ヶ崎ののきぐち3

♠️元亀元年4月26日早朝


 「ぐ…」


 敵の数が二倍ならなんとか突破できそうと考えていた…あれは嘘だ。


 二陣、三陣の兵と合流し細長い山道をガシャガシャとくだっていくと、そこにあったのは…敵の突破を防ぐために中央部を厚くしたY字型の鶴翼の陣。それが前面に竹の束を並べて俺達の撤退路の狭い出口を完全に塞ぐ形で展開されている。


 相手の意図はおそらく〝ここから先は絶対に生きて帰さん!〟であろう。


 俺達の撤退路を見破ったのは大将の朝倉中務ではなく、副将格の三段崎為之という武将らしい。朝倉一門で強弓の使い手として名高い武将だ。この手腕を見ると…三段崎という武将は武術だけでなく戦術にも長けてるな。


 それに…朝倉方の兵士達は罠を喰らって、ぶち切れたらしい。目の前の鶴翼の陣から感じる殺気が半端ない。




 あと、朝倉方の判断が遅いとか言ってごめんなさい。

こちらから相手の布陣を突破するのは…普通に怖くて身が竦みます。


 思えば、これが俺の初陣だ。初めての戦いが死戦というのは、いささか無謀だったかもしれない…

 


 俺は、この日のために作ったにび色の光をはなつ南蛮甲冑を身につけ、アルゼンチンの国旗のような旗指物―空色と白のストライプに慈愛に満ちた女神のような顔の太陽の紋章(俺が考えたうちの家紋)と織田永楽通宝の旗指物を背中にさし、短めの馬上槍(ランスではなく和槍)を持って立ちつくし…懐に納めた、いい香りがする小豆色の袋をぎゅっと握りしめる。そして、


(…ソードスキルとか魔法とかでドカンと吹き飛ばせないかな?この大軍)と現実逃避していた。



〔やってもいいが…そんなことをしたらそなた、味方から人間だと思ってもらえなくなるぞ…くだらないことを考えてないで、鉄砲と弓矢を一斉に斉射したのち、魚鱗の陣を組んでさっさと突撃せい!〕


 律儀につっこんでくれたのは、フツヌシノオオカミ様である。



(できるんかい⁈…冗談のつもりだったんだけど…。まぁ、味方から化け物みたいな目で見られるのも嫌ですし、やりませんけど…。俺達の兵全員が矢弾に当たらなくする術とかをこっそりかけることも可能ですか?)



〔それもできるが…刀槍による攻撃は防げぬぞ。動けないほどの手傷を負ったものは捨てていかねばなるまい〕


(……是非もなし)


 俺は信長様ぽい台詞を頭の中でつぶやき、フツヌシオオカミ様に自分の体を操らせるべくゆだねた。オートパイロット状態だ。そして軍全体に矢弾をそらす術をかけてもらった。



 それでもなお、突撃の命をだしかねていたが…〝死なうは一定いちじょう。しのび草に何をしようぞ。一定がたり遺すのよ〟

信長様が好んで口ずさむ小唄をふとおもいだした。


 〝死ぬのは定め。その間に何をなすべきだろう?(どうせ死ぬなら)後世に語り継がれるようなことを成し遂げてやろう〟という意味。


「死なうは一定いちじょう…!!」

 俺は信長様が好む小唄の一節を小さく、口ずさむ。


 すると…よし。やるぞ!という気力が湧いてきた。



 信長様が好む小唄や幸若舞、それから「で、あるか」や「是非もなし」などの口癖には伝染性があるらしい。そして、人に勇気と決断力をもたらせるらしい。


(信長様もこうやって勇気をふるいたたせているわけか…)


 そう考えると、なんとなく信長様に親近感を覚るな。


 このしんがりの役、積極的に引き受けたのは俺だ。


 浅井長政との小谷での会食。その時に俺は決めた筈だ。浅井家のみんなを助命すると。


 そのために軍団を編成した時に信長様にこれから裏切るであろう浅井の処遇について、寛大な処置をお願いした。


 だが、それだけで浅井一家の命が保証されたと考えるのは甘すぎるだろう。俺は、浅井家の処遇に対して発言力を持つだけの必死の働きをしなければ。


 浅井の裏切りによって、これから一番ひどい目にあうはずの俺の発言。絶対に聞き届けてもらうぞ!!


 まずは、目の前の死地。ここを脱する。絶対に。





♠️


 ドゥーンドゥーンドゥーン!!


 まずは木砲で敵陣の前面の竹筒を吹っ飛ばす。


 そして、木砲はわざと暴発させて処理。


 木砲は敵陣を突破するのに邪魔。ここで隠滅というか、爆破していく。


 


 彼我の距離は200メートルほど。フツヌシノオオカミ様はさっさと突撃しろというが…。森の中から、相手の矢弾は当たらないのにこちらからは高い精度で狙撃できるという利点を生かさない手はなかろう。


 この状況下において、鶴翼の陣の真ん中をせめるは愚策だろう。そんなことをすれば、包囲殲滅される。…攻めるとすれば敵の右翼か左翼だが…。どちらにも攻撃してみて、崩れた方に突撃しよう。


 硝煙がたちこめて、周りが見えなくなるまで3分ほど新式銃で射撃し続けてやる。


 新式銃は20秒に一発撃てるのだ。300丁で3分に2700発近く撃てる計算だが…そんなに上手くはいかないはず。


 銃声で馬を混乱させて、陣形を崩し、900人ほど倒せればよいか。


 新式銃の利点は装填速度の速さと有効射程距離の長さと射撃の精密さと威力にある。特筆すべきは銃身に旋条を刻んでいることと、ミニエー弾を用いたことによる射撃の精度。旧式銃では、こうはいかない。



♠️

 銃撃の最中、ずっと相手の様子を観察していたが、どうやら左翼の乱れの方が大きいようだ。


「どうやら、敵の左翼の乱れが大きいようですな」

 家臣である堀太郎左衛門がそう俺に声を掛けた。


「うむ。敵の左翼の方に近づいて更なる射撃を行わせろ。今度は敵の左翼に火力を集中させる。より左翼が乱れを見せたところで、こちらは陣を魚鱗に組んで一点集中突破するぞ!」


「は」


♠️


 硝煙が立ち込める中をつっきって敵陣の左翼側に100メートルほど近づき、今度は新式銃と旧式銃と弓矢で敵の左翼の部隊だけに狙いを絞って一斉掃射を行う。


 ここで、さらに300人ほどの兵をほふる。


 これで戦力差はこちらが3000人に対し、敵が4800人強。


 フツヌシノオオカミ様の術の影響でこちらの矢弾は当たるのに向こうの矢弾は一切当たらない。



 相手は大混乱だ。


 名付けて、陰陽術〝弾幕ヴァレッジ無効陣キャンセラー〟。


 


(いける)


「ほうー。敵の矢玉が全く味方にあたってませんな。こんなことがあり得るのか…。軍神の加護でもうけてるかのようじゃ」

 神子田長門が不思議そうに言った。



「ふ。神に仕えているこの俺が率いているのだ。神は常に俺達の味方さ。天意も天道も我らと共にある!」

 俺は不敵に返した


 つい先程、思わず、アマテラス様を呪ってしまったような気もするが…。

もののはずみというもので、ノーカウント。いわゆる、ノーカンってやつだ。


 冗談はともかく…軍神たるフツヌシノオオカミがついている俺を傷つけることができるものなど、俺と同じ神憑きしかいまい。上杉謙信あたり?



「それはありがたいですな。伊右衛門殿も愛妻である千代殿の元へ帰れるぞ」


 前田慶次がまぜ返す。



「ふむ。たしかに、ありがたい」


 山内伊右衛門は真面目に答える。


「若いって、いいのう!」


 若さを羨んだのは俺の配下の中で最年長の大島甚八である。



「「「くくく」」」


 死地において軍団を指揮しながら俺達、主従は明るく笑った。



 俺達はいい感じに強がれている。


 さて、ここは、金ヶ崎ののきぐちで有名な上に新田義貞などの南北朝時代の武将たちも活躍した有名な史跡ではあるが…人が密集していて、むさ苦しい。長居は無用であろう。



「槍隊を先頭にして魚鱗の陣を組む。弓隊、鉄砲隊も弓や鉄砲を肩にかけて抜刀せよ! 総突撃をしかけるぞ。首は打ち捨てよ!! 首などなくとも、皆の功名はしかと見て覚えておく。鬼神の如く敵を叩いて突いて斬りまくれ。そして皆で帰ろう! 全軍、突撃!!」



 追い詰められた者達の決死の突撃の力を見せてやろうじゃないか!


 いざとなれば、おれについている軍神の力を解放しなければならないが…。できれば人間のままで勝ちたい。



「「「「おー!!」」」


 美濃兵を中心に編成された我が軍は、死地において生き残るべく必死の形相で懸命に突進を開始した。


 弓・鉄砲で乱れた敵の左翼は、面白いようにくずれる。



(これで突破できれば楽なものだが…今度は敵の中央の部隊が崩れた左翼を支えようと動くはず)



 そう考えて見ていると…。



 やはり敵兵は崩れた左翼に兵を集めようと動いた。


 敵はこうなると陣形と呼べるほど綺麗な隊列を組めていない。


 敵の右翼が完全に孤立してるし。


 

「敵の左翼を食い破ったあとも、全力で突っ走れ。生きることだけ考えよ!」


 と、俺は、左翼の崩れを補うため敵陣の中央部が左翼の後ろに周りこむ形をとりつつあるので、敵の陣形が乱れている隙に突破するべく、全速力で突っ走れと命じた。


 


♠️


 撤退戦の序盤・中盤は、史実と異なり味方の圧勝で終始した。


 だが、敵の左翼を屠り中央にいた兵とも優勢に戦う中で、戦況が段々と膠着し始める。


 敵の右翼も戦闘に加わろうとしているし。




(これに敵方の増援が加わるとなると…)


 朝倉方にはまだ予備兵力が残っているし、浅井の援軍も刻一刻とここに近づいてきている。


(ここでもたもたしているわけにはいかないのだ。

早く帰らないと…)



 俺は絶望的な気分になりつつ魚鱗の陣の中心部で周りの兵達を叱咤激励する。


 三刻以上に渡る戦闘でみな疲れ果てており、ぼろぼろだ。しんがりの仕事としては二刻以上粘った時点で十分果たしているのだが……


 俺の目のどどくところだけでも奮戦やむなくひとり、またひとりといった具合に味方がバタバタと倒されていく。


 あたりに満ちるのは、敵・味方達の苦痛のうめき声や砲煙や血、贓物の匂い!


 目に映るのは、倒れた人・馬・散乱する旗印!


 フツヌシノオオヌシ様に任せた俺の体は、この瞬間も攻撃を避けつつ、敵兵を1人、また1人と屠っている。


 それらが、俺の五感を通して俺に強烈に問いかける。


 ——このままでいいのか?秘めた力があるなら使うべきではないのか!…と。


 いや、しかし…


 いや、いや、いや…


 (ぐぅあーっつつつ!!!)


 ぷっつんと、俺の中で何かが切れかける。


 【何か】とは…多分、人殺し以上に超えてはならない一線。



(もういいや。人間を辞めよう!)


 敵味方の死を…特に、手塩にかけて育てた俺の直属兵達の死を目にしながら、俺が人間でいることを諦めかけた――その時……


 ダダダーン


 後方から落雷のような轟音が鳴り響く。


 鉄砲による一斉掃射である。



(後方?)


 後方からの一斉掃射だと…朝倉方の兵達に当たったのではないだろうか??

なんで朝倉方の増援が味方を撃つ??


(反乱でも起きたのか??)


 俺は音のした方を凝視する。



 俺が目にしたものは…白地に四つ菱紋の旗指物と黄色地に永楽通宝の旗指物。


 あれは…


 佐々殿の新式鉄砲隊か! 総勢200人ほど。


 後ろからは桔梗紋と葵の御紋もせまってくる。


 その数、2800人ほど。



(助かった)


 俺は、感謝とともにそう思ったのだった。

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