第24話逆襲のカモ

 永禄12年9月初旬 堺


「お見事でございましたっ」


 交渉が終わって、今度は今井宗久殿の屋敷に向かいながら、千代が爽快そのものといった顔で俺を褒めた。


「千代のおかげだ。ありがとう。いい援護射撃だった!ポルトガル語の会話が理解できたのか?」


 俺は千代を見る。


「単語を拾っただけですが…硝石一樽が金二つか、奴隷50人だったのを〝その値で俺に売ったらおまえは地獄におちるぞ〟と脅されたのでございましょう?その結果、金二つで八樽となったと…違いますか?」


 単語だけでよく会話の流れをつかんでいるな。やっぱりこの子、賢いわ。堺まで連れて来た甲斐があった。



「はは…正解」



「ぬふっ」

 奇妙で愉快そうな笑い声を上げたのは慶次である。



「言葉はわからなかったが、殿が机を叩き、十字架をひねり上げて商人を脅していたのはわかり申した。あれが値引き交渉だったのですな。そして、千代殿の絶妙な援護射撃よ。前田家とは全然違う…。こっちに引き抜かれて正解でした。おもしろすぎる。のう伊右衛門殿」



「ふーむ…硝石の買い値を下げることに成功したのはわかったのじゃが…硝石の値が下がったらどうなるのじゃ?」


 伊右衛門はけげんな顔をする。



「鉄砲に必要な火薬を安く作れる」

これは慶次。



「かわいそうな奴隷が海外に売られ無くて済みます」

こちらは千代。


 ふむ。いかに織田家が裕福だといえども金二両で一樽はきつい。金が大量に海外に流出するのも癪。戦争をして奴隷が手にはいったら、奴隷で払うこともあっただろうな。俺は、そんなことさせないが…



「おお…奴隷が海外に売られるところだったのか…防げてよかった」


 慶次と千代が同時に違う観点から説明したが…千代の方の説明を聞いて、伊右衛門、大喜び。



 …なんというか、いい奴だ。


 まぁ、「千代ならもっと高値で買ってやる」的なことを言われた件に関しては、黙っておこう。


 そんなことをしたら伊右衛門が激怒して、ボッタクーリニを殺しに行きかねない。


 愛妻家なのだ。伊右衛門は。



「え?…そっち?」

 慶次は、驚いた。


 しかし、千代も説明するところを心得てるな。伊右衛門という男が火薬の値段よりも奴隷のことを気にかける優しい奴だということを理解してる。


 …




「ふむ…やはり千代は将来の勘定奉行だ」


 俺はしみじみとつぶやいた


「「「え?」」」


 千代と慶次と伊右衛門の声が揃う。


「俺と商人の交渉の流れを掴んでいたし、奴隷を売らなくてよかったと喜ぶ感性もわかっておる。そういう者にこそ財政を任せたい」



「千代が勘定奉行…披露宴でおっしゃっていたの本気だったのですね」


 伊右衛門がしみじみと言う。



「ほう…千代殿を将来、勘定奉行にするのですか?面白い!しかし…」


 慶次がいい淀む。


「なんじゃ?」


「いや、千代殿を奉行職に任ずるには殿が少なくとも一国一城の主に出世する必要があるのでは…?自分の領国がなければ勘定奉行は必要ありますまい」


「…」


 確かに。


「ふむっ。…まず、俺が功名をたてて一国一城の主に出世しないと…伊右衛門、慶次。千代を俺の勘定奉行にする為に一緒に頑張うぜ!!伊右衛門も慶次も千代に負けないように頑張れよ?」


「「おうっ!!!」」


 主従の結束が強まった。



 しかし…硝石一樽に奴隷50人はひどいな。俺たちは硝石を安く買えるようになったが…他の人達は今もぼったくりにも程がある値で硝石を買っているのである。



(それだけ、この国に資源や産業がないということか)


 輸出できる品が少ないからこそ、足元を見られて奴隷を安く買い叩かれるのだ。それに、奴隷の値段の安さは国内の労働力にたいする需要の少なさの表れでもある。


 日本の民が奴隷として海外に売られて、一生、故郷にも帰れないでつかい潰されるのはかわいそうだ。


 なにか対策を考えないと。


 それと、知識を広めることも大切。世界の情勢や物の相場はいくらなのか?奴隷は海外でいくらで売れるのか?それらを知らないから日本人はぼったくりゴリラを太らせるカモなのだ。


 そういうことを教えるために私塾を開いているのだが…

まぁ、今回同行させた千代や伊右衛門、慶次達にはよい勉強になっただろう。

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