天使の羽などもいでしまえ
野水はた
第一章
第一話
金魚の名前はユキという。お腹に浮かんだ白い斑点からその名前をつけた。
ユキはある日を境に沈んだままになってしまった。餌の時だけは一生懸命上がってくるけど、その後はやはり沈んでしまう。せっかくヒレがついているのに、水槽の底で寝ているだけなのはもったいない。
わたしは「がんばれー」「浮かんでこーい」と付きっきりで応援した。ユキはずっと目を開けていて、いったいどこを見ているのか分からなかった。
窓に露が張り付いた寒い朝。ユキは水面にプカプカ浮かんでいた。
わたしは嬉しくてすぐにお母さんを呼んだ。
するとお母さんは網を使ってユキをすくい、キッチンに置いてあったゴミ袋に放り投げた。
その時わたしは思った。
――ああ、金魚って燃えるんだ。
昔から走るのが好きだったこともあって、中学では陸上部に入ることにした。
地区大会、それから県大会も勝ち上がり、まさかまさかの全国大会にまで駒を進めた。お母さんもお父さんも喜んでいた。
大会の前日、わたしは車に轢かれた。
一命はとりとめたけど、左の足首から先の感覚がなくなってもう走ることはできなくなった。歩くこともままならず、慣れるまではお姉ちゃんにずっと付き添ってもらっていた。
そんなこともあってか両親はよくケンカをするようになり、わたしが中学二年生になった頃に離婚した。
それから少し経ったある日、飼っていたハムスターがバラバラに切り裂かれて玄関で死んでいた。
やつれたお母さんは、こんなことするのは一人しかいないとわたしを指差して激昂した。
お姉ちゃんもその時だけは、泣きながらわたしを睨んでいた。
わたしはハムスターを切り殺した本当の犯人がなんとなく分かっていたし、犯行の理由も知っている。
だからわたしじゃないよって何度も言ったのだが、誰も信じてはくれなかった。
それからお母さんはどんどん痩せていき、寝込んでしまうことが多くなった。そんなお母さんを見かねてか、時々おばあちゃんが来てお料理を作っていってくれるようになった。
でも、おばあちゃんの作る肉料理は腐ったような変な味がして、あまり好きじゃなかった。
お姉ちゃんはお母さんのために一生懸命勉強して、県内で一番頭のいい高校に入った。お母さんは涙を流して、お姉ちゃんを抱きしめた。
いいなって思って、わたしも同じ高校を受験することにした。一生懸命勉強して、なんとか合格することができた。
帰ってお母さんに報告すると、カンニングを疑われて、頬を平手ではたかれた。
わたしはお母さんのことが大好きだから、どれだけ殴られても笑っていた。わたしを殴り殺して気分がよくなるなら、いいよって思った。
やがてわたしはお母さんに気味悪がられるようになり、庭に建てられたプレハブ小屋に軟禁されるようになった。学校にもいけず、ご飯も食べさせてもらえなかったけど、お姉ちゃんがいつもご飯の残りを持ってきてくれた。
一ヶ月ほど経つと、お姉ちゃんの必死な説得の甲斐もあってわたしはようやく家で生活することを許された。あばらが浮いた胸を押さえて食べたご飯はびっくりするくらい美味しかったのを、今でも覚えている。
優しいお姉ちゃんのことを、お母さんは天使みたいな子だって言った。わたしは? って聞くと、何も言わずに睨まれた。
けど、その目が言っていたのだ。お前は悪魔の子だと。
だからわたしは言った。わたしたち家族だよね。って。
お姉ちゃんも、お母さんも、頷いた。
そうだよ。わたしたちは家族なんだから。
血が繋がってるんだから。
みんな一緒だよ。
お父さんや、おばあちゃんがそうだったように。
みんなみんな。みんなみんなみんな。
わたしとおんなじ。
悪魔だろうが。
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