第251話 不完全な賢者の石
「あの……アナさん」
「どうした?」
私は、戸惑い気味に彼女に問いかけた。
「不完全とは言っても、賢者の石とエリクサーを、そのゲルズズという人は作り上げたのですか?」
「……どう言ったものかね」
私の問いかけに、アナさんは口元に手を添えて答えあぐねていた。
「賢者の石というものは、錬金術師が自ら作り方を編み出すか、その極限られた弟子にのみ口伝で伝えられるとされている。……まあ、それも実際のところ本当なのかは知らんがね」
そう言って答えるアナさんは、まだどう説明したものかという様子のままだ。
「では、ゲルズズという人は、賢者の石の作り方を誰かに教わったか、自分で編み出したのですか?」
「……まあ、そうなるんだけどね。ただ、その作り方が問題なのさ」
そういうと、口元に添えていた手の、その指先の爪を忌々しげに噛んだ。
いつも穏やかなアナさんにしては、珍しすぎる態度だ。
「……作り方、ですか?」
私は、そこまでの態度をする意図がわからず、アナさんに率直に尋ねてみた。
「……デイジー。驚いちゃいけない。いいね」
アナさんの眼差しが、私を気遣う優しいものに変わった。
きっと、このところショックを受けて心に負担がかかっていることを気にかけてくれているのかもしれない。
「……はい、わかりました」
私はそう答えて、大きく息を吐き出し、そして吸った。
それだけで心は穏やかになるものだ。
「アナさん。お願いします」
「……うん」
そうは言ったものの、アナさんと私の間に暫し沈黙が漂った。
「……やつの賢者の石の材料がね。問題なんだよ」
「材料が、ですか?」
「ああ、そうだ。錬金術とは、無価値なものから有益なものを作り上げるというのが、基本理念なんだ。そこでやつはあるものに目をつけた」
「……それは、なんでしょう?」
私は、まだその答えを自分では導き出せずに、アナさんに尋ねかける。
「魂だよ」
「魂?」
あまりに予想外の答えに、私は
「前に、彼の国は、シュヴァルツブルグを軍事国家に仕立て上げたと言ったろう。だから、私達は仲間と連れ立って命辛々亡命してきたと」
「……はい」
アナさんの俯きがちな顔を見ると、彼女はギリ、と唇を噛み締めていた。
「…… 魂とは、まだ個としての価値を持たない純粋で何者でもないもの。魂を得るために……まずは国家簒奪のために多くの血を流した。そして次に、こちらの国とは反対側にある国と戦争を起こした。いや、正確には、ゲルズズが新たな皇帝を唆して戦争を起こさせたんだ。……そして、戦死者の魂を得た」
「えっ。それじゃあ、不完全な賢者の石の素材って……!」
「そう。……戦死者の魂だ。私は錬金術師の助手として無理やり手伝わされていたからね、その
そうして、彼女の説明がひととおり済むと、再び二人の間を沈黙が支配する。
それを破ったのは、私のそばに控えていたリーフだ。
「アナスタシア。なぜそれは
沈黙を破るかのようにリーフがアナさんに尋ねかけた。
「不完全なんだよ。与えられる知識も。その石から作られるエリクサーの効能も」
「……それは?」
エリクサー。それは、飲むと不老不死の効果を得ることができる万能の妙薬だとされている。
新たに皇帝になった権力者が欲しがりそうな、そんな代物のような気がした。
……私は欲しくないけれど。
「あの不完全なエリクサーは、長寿は得られる。だが、不老は与えられない」
アナさんの口から告げられた真実に私は驚かされた。
……え? ちょっと待って? 長寿だけって、それって……?
「アナさん。それだと、死ぬことはないけれど、……老い続けるのですか?」
私が恐る恐る尋ねると、アナさんは「ああ」と一つ頷いた。
「アタシでさえ、この老いた体で不自由もするし、痛みもある。……それが、もっと酷いはずなんだ。それでも奴らは生に固執している」
アナさんの言葉に、私は絶句した。だから何も言えなかった。
……アナさんは、私が緑の精霊王様の愛し子だということを知っている。そして私のお師匠様だ。
だから、特殊な能力があることも伝えてあった。
だったら、もう少し詳しく聞き出してみてもいいのではないだろうか。
私はそう思った。
「アナさん。実は、私は素材採取の旅の中で、三つあるというエルフの里の二つに迷い込んだことがあるんです」
「ほう?」
アナさんは、私の告白に驚くでもなく、むしろ興味深そうな感応を返してきた。
「そのうちの一つの里で……。謎の害虫が原因で世界樹が枯れかけて……地底にあるという魂が眠る冥界へ続く裂け目が出来てしまって、魂が迷い出てしまったことがあるんです」
私はそれについて、どういう意味があるのかわからなかった。
でも今、アナさんがいう一連のことに関係があるような気がしたのだ。
「世界樹。……神話の中で、世界を支えているという三本の聖なる木のことだね?」
「はい」
「……それを蝕む害虫がいたと。そして、冥界への裂け目ができた、ねえ……」
アナさんが、何かがつながったというような顔で、呟いていた。
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