第250話 錬金術師ゲルズズ
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします!
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そうして再び静養のために数日を過ごしたある日のこと。
陛下からの許可が降りたらしい、師匠のアナさんが我が家へ訪問しに来てくれた。
ケイトに案内されてアナさんが私の部屋を訪ねてきた。
「アナさん!」
思わずベッドから出ようとする私を、アナさんが制する。
「全く。気の病で倒れたんだろう。大人しくしていなさい」
その言葉とは裏腹に声音は優しい。彼女はゆっくりとケイトに案内されながらベッドの脇に来て、ケイトに補助してもらいながら椅子に腰を下ろした。
それが終わると、ケイトは今度は私の上半身を起こす手助けをしてくれた。暖かで軽いショールを肩からかけてくれる心遣いが嬉しい。
「大事な話があると聞いたよ。そして、その相談相手に私が必要だともね」
ケイトが横で紅茶を淹れてくれるのを横目で見ながら、アナさんは来訪の目的を率直に切り出した。
「では、私は失礼しますね」
ケイトは私が今悩んでいる話題には触れないように言い付けられているのだろう。挨拶をしてから部屋を後にした。
私たちはそれを確認してから、会話を再開する。
「……戦争が起こるかもしれないのだそうです」
私は躊躇いがちにアナさんに、城で聞いた事実を告げた。
「戦争。……それはどこだい。……まさか、シュヴァルツブルグとかい?」
シュヴァルツブルグ。そこは、アナさんやドラグさんたちが生まれ育ち、そして逃げ出した国。
いつしか軍事国家と成り果て、その目的のために錬金術師や鍛治師といった技術者を、戦争のために徴収し、強制労働させた国だ。
だから、彼女にしてみれば、すぐに思い当たったのだろう。
「……はい。シュヴァルツブルグが、隣のハイムシュタット公国と私達の国に戦争を仕掛ける準備をしている気配があるのだそうです」
私は俯きがちにそれを告白して、アナさんに向けて視線を上げた。
すると、いつもは穏やかなアナさんの表情がみるみるうちに、苛烈なものとなっていった。
「……またゲルズズの奸計かい!」
アナさんが怒りの形相で、握りしめた拳で自らの膝を叩く。
……ゲルズズ?
「アナさん……、それは、誰ですか?」
聞いたことのない名前に、私は怒り心頭といった様子のアナさんに尋ねた。
アナさんの形相は怖いものだったけれど、流石に私達の信頼関係は築けていたから、そこで怯む必要はなかった。
「……錬金術師だよ」
「……錬金術師」
私は思わず彼女の言葉を反復してしまう。
「そう。錬金術師ゲルズズ。シュヴァルツブルグ帝国の現皇帝を操り、事実上の実権を握る男が奴だよ」
アナさんが憎々しげに告げた。
……でも。
わからない。
陛下から聞いた状況と、アナさんの言う帝国のことを聞く限り推測できるのは一つ。
錬金術師が皇帝と共に戦争を画策しているということ。
でも、私にはその意味がわからなかった。
「アナさん。そのゲルズズという錬金術師が戦争をしようとしているのですか? ……それとも皇帝ですか?」
私はわからないことをそのまま彼女にぶつける。
「ああ。そうさね。……全てはゲルズズが元凶だよ」
アナさんは、その名を吐き捨てるように告げた。
「全てが、って」
何からどこまでを含めているのだろうか。アナさんの言葉の意味は私には全ては汲み取れなかった。
「ああ。全てさ。ゲルズズがシュヴァルツブルグに現れてから、全てが変わったのさ。今の皇帝を怪しげな力で魅了し、意のままに操り、軍事国家に仕立て上げた。そうして私達技術者を強制労働させて戦争のためにその力を使わせたのさ」
アナさんの瞳は怒りで燃えていた。
私は、その怒りに怯えるよりも、アナさんが告げた、一つ国を隔てたシュヴァルツブルグ帝国のあり方というものに驚いて、大きく目を見開いた。
「……錬金術師が、皇帝を操っているのですか?」
私には俄かに信じがたかった。
「デイジー。錬金術師は人を……特に権力者というものを虜にするほどの力を持つものもいるんだよ」
「……力」
また、
「デイジー。『賢者の石』と『エリクサー』を知っているかい?」
アナさんは、錬金術師なら誰でも知っている、でも誰も手にしたことがない、その存在を口にした。
賢者の石。それは、持つものに全ての知恵を与えるという石。
エリクサー。時には賢者の石とも同一視される、賢者の石から生み出されるという、不老不死を与えるという妙薬だ。
「知っていますが……それを作り上げた錬金術師はいないと……」
私は首を横に振りながら答えた。
「そうさね。完全なものを作り上げたものはいない」
アナさんが意味ありげな物言いをする。
……完全なものを……?
じゃあ、不完全なものならば?
「アナさん」
私は真っ直ぐに彼女を見つめた。
「ああ、そうさ。不完全な賢者の石をゲルズズは持っている。あれはそれから生み出される不完全なエリクサーを餌に使って、皇帝を意のままに操っているのさ」
その言葉に、私は息を呑んだ。
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