第232話 ミィナとウーウェン

 ウーウェンには、かつてリリーがアトリエにきたときのためにと増築した四階の部屋の一つをあてがう事になった。

 そこでやはり、ミィナが「お部屋の準備が……」と困った顔をする。


 アリエルやルックが仲間に加わったときもそうだったけれど、部屋はあったとしても、使わない間に積もったほこりを除いたり、寝具を干したり、シーツを変えたりと、準備がいるのだ。


「あの、ウーウェンさん」

 ミィナが抱きしめたままのウーウェンに向かって問いかけた。

「なぁに?」

 子竜姿のウーウェンが可愛らしくこてんと首を傾げた。この姿だと、本当に見た目はぬいぐるみのように愛らしい。


「ウーウェンさんは、この姿で寝るのは疲れるんでしょうか?」

 そう尋ねるミィナの顔はなんだか期待感で明るい。

「いや? ボクはどんな姿でも休めるよ?」

「だったら、お部屋を準備できるまで、今夜は私の部屋で私と一緒に寝て下さい! 抱っこして寝たいです!」


 ……あ。ウーウェンを、ぬいぐるみの替わりにしようとしている?


 ミィナの手作りのマタタビぬいぐるみ。それは、子竜姿になったウーウェンとそっくりなのだ。

 それにしても、普段はおっとり、そして若干臆病なところのあるミィナにしては大胆なことを言い出した。

 ちょっとびっくりだわ。

「だ、抱っこ⁉︎」

 ウーウェンはミィナの腕の中で目をパチクリさせている。


「だって、こんなにかわいいんです! そして、竜なんだからとっても強いんですよね?」

「う、うん。そうだけど……」

「だったら、とっても安心です! 私と一緒に寝ましょう! 抱っこして寝たいですぅ〜!」

 ミィナがとうとうウーウェンに頬擦りをしだして、熱心にウーウェンを誘う。


「ボ、ボクはグエンリール様とでさえ、人と一緒に寝たことはないんだけど……」

 好意を向けられるのは満更でもないようだけれど、初めて受ける真っ直ぐな好意に戸惑うウーウェンは、助けを求めるかのように、私に視線を向けた。


「ウーウェンは、嫌じゃないの?」

「た、多分……。でも、ボク寝相が悪かったらどうしよう……」

 えっとえっと、と一生懸命逡巡している。


「じゃあ、途中で一人で寝たくなってもいいように、柔らかいクッションを敷いたカゴも用意したらどうでしょう? そうしたら、悩みは解決しますか?」

 ミィナが熱心にウーウェンを口説くのを見て、マーカスが援護射撃を入れる。

 ミィナがここまで熱くなるのは珍しい。だからマーカスも応援したくなったのかしら?


「う、うん。じゃあ……」

「うわぁ! よろしくお願いしますね!」

 ミィナのしっぽが嬉しそうに揺れる。

 そうして食事が終わり、後片付けが済むと、子竜姿のままのウーウェンはミィナの手によって彼女の部屋に連れて行かれたのだった。


 ◆


 そうして一晩経ち、ウーウェンの愛らしい子竜姿の披露と、それを熱烈に受け入れた(求愛した?)ミィナの反応もあってか、自然とウーウェンはアトリエのみなに受け入れられた。


 ……竜だからと、大騒ぎになったらと思ったけど、ミィナのおかげで助けられたわね。


 朝を迎えて、みなが着替えを済ませて、朝食を摂るために食卓に集まってくる。

 階下の厨房に降りていくと、誰よりも早起きのミィナが調理中で、そのそばに子竜姿のウーウェンが寄り添っていた。


「あら? ウーウェンも一緒なの?」

 不思議に思って尋ねる。すると、ウーウェンは背に生えた小さな翼でパタパタと飛んで高さを下げると、フライパンを置いた竈門の下に、ゴーッと火を吹いた。


「ウーちゃんは、火を吹けるというので、お手伝いをしてもらっているんです! ねっ!」

「うん! ボク、ミィナのお手伝いできる!」

 顔を見合わせて頷き合う彼女達は、一晩で意気投合してしまったようだ。

 このままの流れでいくと、ウーウェンのアトリエのお仕事はミィナの補助になるのかしらね?


 かなり特殊な、新しい仲間が加わっても平和なアトリエの朝の光景に、私は自然と顔を綻ばせながら、上階の食卓に戻るのだった。


「いただきまーす!」

 そうしてミィナとウーウェンが準備してくれた朝食をみんなで食べる。


「そういえば、もうすぐ国民学校が開校するんでしたっけ?」

 マーカスから、今年の春、あと一ヶ月ほどしたら開校予定の国民学校について聞かれた。

 ホーエンハイム子爵との教科書に書く内容の調整も無事済んで、活版印刷で準備中なのだと聞いている。

 一年半というのは長いのか短いのか私にはわからないけれど、無事開校予定だ。

 もちろん、国民学校付属の錬金術科も!


「そうそう。だから、ルックは今年の春からは国民学校に通う事になるわね。そして、錬金術の勉強も本格的にスタートよ」

「やった! 私もやっと錬金術師としてのスタート位置に立てます!」

 ルックが、念願の錬金術の勉強をできると聞いて、目をキラキラさせている。

 彼の希望は、王都で錬金術を学んで、故郷の町にある亡くなった父のアトリエを自分の手で再開することなのだ。


「入学式もあるから、その準備もしないとね」

「入学案内は取り寄せていますから、必要なものが不足していないか、私が確認しておきましょう」

 この一年で、すっかりルックの兄貴分となっているマーカスが、ルックの入学にあたって張り切って申し出てくれた。

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