第228話 従魔契約
国王陛下達との会談のあと、色々な調整が整ったと知らせを受けて、私はウーウェンを迎えに行くことにした。護衛は、賢者の塔の大量の書物の移送作業に携わっている騎士達がしてくれた。
「ウーウェン、迎えにきたわ!」
騎士達の力を借りて、四十五階までたどり着くと、竜の姿のウーウェンがのそりと起き上がった。
「デイジー様?」
顔を持ち上げた彼女の瞳が喜びを湛えている。
「待たせちゃってごめんなさいね。でも、ちゃんとあなたが私と一緒に住めるように、調整してきたわ!」
すると、ウーウェンの大きな瞳が涙で潤んでくる。
「もう、ボクはここで一人で過ごさなくていいんだね!」
そう言ったかと思うと、ウーウェンがぽふんと人型に変化する。
私を護衛していた騎士達は、その様子を間近に見て、目を瞬かせた。
「これは……一見だけではドラゴニュートの少女にしか見えませんね」
人型になったウーウェンにあるのは、竜種に属するものだと主張する側頭部のツノだけ。それ以外は、人間の少女のものと変わりはなかったのである。
そうして、少女の姿になったウーウェンが部屋の奥から駆け寄ってくる。
「デイジー様ぁ!」
彼女が私の首周りに腕を絡めて抱きつく。
それを見ていた騎士達は、驚きとともに、なんだか子供に対して「仕方がないなあ」といった表情が混じる。
「竜だというから構えてきましたが、心は人間の少女と変わりませんね」
無邪気に抱きついて泣いているウーウェンを見るみんなの目は、とても温かだった。
結局、私はウーウェンと一緒に一足先に王都へ戻ることになった。
そうそう。本は国に寄贈という形になったけれど、錬金術の遺産についてのその後の取り扱いについて話してなかったわね。
錬金術の遺産、アランビックといった古い錬金術の器具も、貴重な遺産だという陛下の判断が下って、皆さんで検討してくださった結果、国民学校の錬金術科の展示資料として展示、保管されることになった。
そういうものが過去にあったのだということ。
そしてそれは、古の錬金術師達が自分達で創意工夫して作ったのだということを知ることができれば、そういうことも技術の躍進に必要なことなのだと、学ぶことができるだろう。
実際に目で見て触れる環境は、これから錬金術師になろうという学生達のためになるだろうというのが、陛下や宰相閣下、ホーエンハイム子爵の判断だった。
もちろん、私もそれに賛同している。
「ではデイジー様。こちらの塔の遺産については、陛下のご命令のとおりに王都へ順次運びます。デイジー様は、その竜を連れて戻れとのご命令。どうぞ、ここは我らに任せてお帰りください」
騎士はそう言って、ウーウェンに抱きつかれたままの私に向かって一礼した。
「さすがに竜が護衛だったら、デイジーの護衛は他にはいるまい」
国王陛下のご判断だった。
それは私も正しいと思う。
だって、ウーウェンが本気になれば、どんな敵もドラゴンブレスでごうっとできてしまうのだから。
「ああ、そうだ、ウーウェン。あなたを王都に迎えるには、一つ条件があるのよ」
そう言って抱きついているウーウェンを優しく引き剥がすと、至近距離の彼女が首を傾げた。
「条件?」
うん。前回お別れしたときには、そんな話はしていなかったから、疑問に思うわよね。
「あなたを疑うわけではないの。けれど、あなたはとても強いわ。だから、私に服従しますという証に、従魔契約をすることが条件なの。受け入れてくれるかしら?」
私はテイマーという、スキルとして魔獣を従える力は持っていない。だから、宰相閣下が特別に調達してくれた、従魔契約のための魔道具を持ってきているのだ。
そうは言っても、従魔契約は互いの了解がなければ成り立たない。
だから、私は彼女に問うたのだ。
私はポシェットからその金色に光る魔道具を取り出して、手のひらに載せてウーウェンに見せる。
「私は、あなたが
今持っている完全な自由と引き換えなのだということを、優しくウーウェンに説明しようとした。
けれど、その言葉は、ウーウェンの明るい声に上書きされる。
「大丈夫! デイジー様はグエンリール様の志を継ぐ方! だったら契約でもなんでもするよ! デイジー様がダメって言うことは絶対にしないと誓う!」
そう言うと、私の手のひらに乗っている魔道具をぎゅっと両手で握りしめた。
「デイジー様、契約してよ! そして、ボクを受け入れて!」
そうして見上げてくるウーウェンの瞳は、期待でキラキラしている。
「私も責任重大ね。ウーウェン。あなたに無体なことはしないと誓うわ」
ウーウェンの言葉と私の言葉が部屋に響くと、魔道具から黄金色の光が溢れ出して、私とウーウェンの額にそれぞれ光が照らされた。
次にその光は、私とウーウェンの額の間で線を描いて繋がる。
頭の中に、荘厳な声が響いた。
『あなたは、赤竜ウーウェンを従魔として受け入れますか?』
「はい」
私は、それを望んだ。
そして、目の前のウーウェンも「はい」と答えていた。
私たちの間を繋ぐ光は強さを増し、まるでそのつながりが揺るぎないものであると言うかのように、強く強く輝き続けた。
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