第227話 国王陛下への報告②

「グエンリールの子孫? それはどういうことだ、プレスラリア子爵」

「はい、それは……」

「それは、私がグエンリール様の子孫だからです。ヘンリー……彼は、今回の件が持ち上がるまでは、何も知りませんでした。彼になんの咎もありません」

 宰相閣下の問いにお父様が応じようとすると、お母様がお父様を庇うようにして会話に割って入った。


「あなたは、プレスラリア子爵の妻君のローゼリアだね」

「はい」

 今日の面会で申請をしていたので、お母様の名前を覚えていたのだろうか。陛下がお母様に確認をした。


「経緯を教えてくれるかな。……宰相、他言は無用、いいね」

「勿論です」

 お二人の言葉を耳にして、お母様が安堵のため息をつく。そして、心を固めたのか、顔をしっかりと上げて、語り始めた。


「私の一族は、賢者の塔のそばの森に住んでいました。森に住み始めた私たちの始祖が、グエンリール様の娘で、父の生活を支えようとしたことが始まりだと伝え聞いております」

「うん、続けて」


「はい。グエンリール様の生前は、塔の管理人となった赤竜とともにグエンリール様の生活必需品を運んだりと、彼を支えていたそうです。ですが、彼も人の子。天寿を全うし、私たちだけが森に取り残されました。彼の死後も、私たちは既に爵位もなく、森に細々と住み続けていたのです」


 お母様は、やたらと社交会に積極的でもなく、こういう場は緊張するのだろうか。胸を押さえて話を続けた。

「私は、そんな森の民の、最後の生き残りでした。一人で森で生きていた時に、ヘンリーと出会い恋に落ちたのです。私は子爵の知り合いの男爵の養女に迎えていただき、そして彼と結婚し三人の子をもうけました」


 告白を続けるお母様を、今度はお父様が庇うように、話に割って入る。

「その手配をしたのは、私。彼女を見染めたのも私です。……彼女に罪はないのです! どうか彼女を咎めないでください!」


 そんな庇い合いをするお父様とお母様を見て、陛下が目元を和らげた。

「大丈夫。そんな野暮はしない。……宰相。男爵家への養子の組み入れは王家への報告義務もないし、子爵家と男爵家の間での婚姻について、国への報告義務はなかったな」

「はっ、そのとおりでございます」

 陛下から投げかけられた問いに、宰相閣下が頭を下げて答えた。


「既に三人も子を儲けている身。それを法を犯してもいないのに引き離す理由はない。……それにローゼリア、あなたが愛情深く子を育てたからこそ、三人の子供たちは賢者レームス、聖女ダリア、そして未来の錬金術師を牽引するであろうデイジーという宝が、この国にもたらされたんだ。それでいいな、宰相」

「は、陛下の御心のままに」

 報告に参上した私たち三人が、ホッと胸を撫で下ろした瞬間だった。


「多大なるご配慮、かたじけなく存じます。その上でご相談させていただきたいのです。その塔の管理人の赤竜と、残された遺産についてです」

「……申してみよ」

 お父様が次の話に話題を振ると、陛下が先を促した。お父様は私に視線を送ってきた。私は、それに対して「私が話す」という意味でお父様に頷いた。


「赤竜は、遺産の相続人は、グエンリール様の子孫である私やその家族だと言っております。ですが、古い書物を筆頭に、一子爵家で管理できる量でもありません。そして、それほどの膨大な知識を我が家だけが抱え込むのも、違うのではないかと思ったのです」


「なるほど。確かに古い書物は貴重な宝……。他にもそれを見たいと、研究したいと望む者もいるだろう。もし、それを管理する場所を国が確保し、プレスラリア子爵家にはどの資料であろうと閲覧自由とすると言ったらどうする? 要は、条件付きでの国への寄贈扱いになるが……」


 陛下の提案に私たち三人は顔を見合わせ、頷き合う。それは、「できるのであれば、そうしていただこう」と事前に話し合ってきたことだったからだ。


「では、その手配は宰相、其方に任せる」

「はっ」

 そうして、膨大な遺産の大まかな管理方法は決まった。

 すると、次はウーウェンの取り扱いについてだ。


「赤竜ウーウェンは、長い間一人で寂しく過ごし、もう一人でいるのは嫌だと、私と共にいたいと希望しています。彼女は人型も取れますし、人の言葉も話せます。お許しをいただけるのであれば、私のアトリエに住まわせたいと思っています」

 私の発言に、陛下が思案げに顎に手を添える。


「デイジー。そのウーウェンとやらは、其方に従順か?」

「はい。そもそも育ての親がグエンリール様です。そして彼女は彼の言いつけを守り、彼の死後もずっと塔を守ってきました。約束を違えることはないと思います」


「なるほど。……宰相、どう考える」

「はい。デイジー嬢に絶対服従なのであれば、むしろ国力が上がると考えてもよろしいかと。ただし、デイジー嬢には、そのウーウェンとやらと、従魔の契約をしていただきたいところです。あれは、一度契ってしまえば、従うものに強力な拘束力を生みます。それで、我が国への脅威は抑えられましょう」


 そういうことで、ウーウェンを王都のアトリエに迎えるにあたっては、私と従魔契約をすることになった。


 そうして、膨大な本を移動する手筈が国として整えられる。

 錬金術に関する一部の資料や素材は、私がグエンリール様の子孫であり、塔の踏破者であることから、私が引き継ぐ権利があると認められた。


 やがて、移送体制が整い、作業が始まると、ウーウェンは賢者の塔から解放されて、私と従魔契約を結び、アトリエの新たな住人となったのだった。

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