第206話 薬研(やげん)探索
まずは、またたびを数日かけて、日陰の風通しの良いところで乾燥させる。
……と、ここで、ザルの上になんて置いてはいけないのだ!
そんなことをすれば、あっという間に鳥さんや、地域の猫さんやワンちゃんに持っていかれてしまうだろう。
「干しカゴが必要ですねえ。私が買ってきますね。ついでに、ぬいぐるみの生地も買ってきます!」
そう言って、さっさとミィナは自ら率先して買い物に行ってくれた。
足取りはなんだかスキップ気味である。
……またたび入りぬいぐるみ、そんなに待ち遠しいのかな……。
そんなことを考えながら、彼女を見送ってから、私は薬の調合について書かれている本を読みながら待つことにした。
調合と言っても、粉にするだけなんだけれどね?
私は今まで、乾燥させた硬い薬の素材をただ細かくする、といったことをしたことはない。
葉っぱは柔らかいから、すり鉢とすりこぎで潰していたんだけれど……。
実は、今まで使っていた器具以外にも、道具ってまだまだ沢山あるの。
私は、その中で、『
素材は陶器。
葉っぱのような形で深さのある入れ物に、丸いすり潰すための円、そこに棒を通した作りの器具よ。
陶器で出来た円は、中に通された棒を上下すると、くるくる回って、器の中で、その縁の縁を使って薬をすり潰してくれる。
これだと、硬いものでも割と力も入らずに細かくできるらしい。
「確か、お父様に最初にいただいたものの中にあったはずなのよね……」
捨ててはいないはずなのだけれど、使ったことがないから、多分アトリエに映るときにどこかに仕舞い込んでしまった気がした。
あれは陶器製で重たい。
この大陸は地震は少ないのだけれど、近年噴火していないとはいえ南部には活火山があるし、陶器で出来た重たいものは、下の方にしまっているはずだ。
だから、私は、作業室の中を這いつくばって、ありとあらゆる下段の戸棚を探し回った。
「……何をなさっているんですか?」
スカートを埃まみれにしながら這いつくばって、戸棚を覗き込んでいる私の姿が、怪しげだったのだろうか?
マーカスが怪訝そうな顔をして、声をかけてきた。
「薬研を探しているのよ。最初にお父様にいただいて、使わないで仕舞い込んでいるはずなの……」
そう答えてから、私は、今探している戸棚の中身をずらしたりしながら奥の方まで覗き込んでいた。
マーカスは、私のその姿をしばらく見ていたようで、少し経ってから深いため息が聞こえてきた。
「?」
私は不思議に思って顔を上げた。
「……デイジー様。ご自分で何事もなさろうという、そのお心がけは素晴らしいです。ですが、デイジー様は何かをお忘れではないでしょうか?」
埃で汚れてしまった私の手など気にせず、マーカスが這いつくばっている私に手を差し伸べる。
「……お立ちください」
……まだ見つかってないのになぁ。
そう思いながらも、差し伸べられた手に手を載せると、しっかりと掴まれて、ぐいっと引っ張り上げられた。
「お着替えと、肌の汚れてしまったところを清めていらしてください」
私を立たせたマーカスが、私に指示する。ちょっと珍しく、表情に笑顔がない。
「……だって、まだ薬研が……」
「それは私が探しておきます。こういう作業は使用人の仕事です」
私の反論は、ピシッとすぐに制されてしまった。
……やだ。叱るときのセバスチャンみたい。
「いいですか? 街での生活が長くなったせいか、少し貴族としての嗜みが薄れてらっしゃる。デイジー様は、子爵家の姫であり、自身が叙爵された貴族でもあるのです」
そう言われてみて、ようやく私は、服もうっすら鼠色、手もストッキングも埃まみれの自分の姿に気がついた。
そんなみっともない格好に、ようやく恥じらいの気持ちが芽生えてくる。
きっと、頬が熱く感じるから、赤くなっているのだろう。
「……デイジー様。こういう時は私を呼んでください。私はそのためにいるのですから。さあ、あなたはお部屋で着替えてきてください」
目を細め、優しい表情でマーカスが私を、もう行くようにと促す。
「ありがとう。……よろしくね」
私は、それしか言えずに、ペコリと頭を下げて顔を見られないようにして、体の向きを階段側に向けて、階段を駆け上がっていくのだった。
階段を駆け上がる私の心臓がドキドキいっている。
……マーカスったら、いつの間にあんなにしっかりしちゃったのかしら。
私と少ししか違わないというのに、さっき私を諭した彼の姿は、セバスチャンが重なって見えるようだった。
自分の部屋の扉を開けて、背中を使って扉を閉める。
そのまま私は扉にもたれかかる。
……私も、しっかりしないと。
マーカスの主人として恥ずかしくないように、ならないとね。
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