第207話 またたびぬいぐるみ
薬研は、私が身なりを整えて一階の作業室に戻ったら、作業台の上に置かれていた。
「見つけておきましたよ」
マーカスは、そう一言言うだけで、にっこり笑って、仕事に戻ってしまった。
「あ、ありがとう……!」
立ち去る背中に、慌ててお礼を言うと、マーカスはもう一度振り返って、にこりと笑う。
そして、本当に行ってしまった。
それと入れ違いで、ミィナが買い物から帰ってきた。
彼女が持って行った買い物カゴの中には、布やら干しカゴやらがいっぱい入っている。
「全部ありました! 早速、またたびを干しましょう!」
買い物カゴの中から、ミィナがいそいそと干しカゴを取り出す。
その中に、栽培失敗した時用の予備を除いて、全て入れて開けられないように留め具を全て留める。
「じゃあ、庭に吊るしてくるわ!」
ミィナに一言
そして、それを持って、畑のある庭に回る。
「リコー!」
私は、軒下の風通しの良い場所に、干しカゴを吊るしながら、精霊のリコを呼ぶ。
すると、リコはからりと乾燥した心地の良い風に、ふわんと乗って、私の元にやって来た。
「どうしたの? デイジー? あら。またたび」
クンクンと鼻先を動かして匂いを嗅いで、すぐに思い当たったらしい。
「……これは、鳥達が来るわね」
「そうなのよ。だから、優しく、しっしってしてくれないかしら?」
「そうね、妖精達と数で威嚇して追い払う作戦かしらね……」
リコが提案してくれたのは、鳥さん達にも怪我をさせない、安心なものだった!
「……リコ、天才! さすが私の
そう、リコは三歳まで一緒に体の中にいた
そのことをお互いに思い出しあったから、私は、精霊と人間という違いはあっても、リコをもう一人のお姉ちゃんだと思っている。
そして、そのことを含めてまたお礼を伝えたら、リコは、頬をほんのり染めて、照れているようだった。
「大事なデイジーのためだもの! さあ、妖精達、お仕事よ!」
パンパン!と手を叩いて妖精達を呼び集める。
……うん、ここは大丈夫ね!
「リコ! 妖精さん達! よろしくね!」
そう告げて、私は屋内に戻ったのだった。
そうして、またたびが乾燥するまでの間、仕事の隙間を見つけては、ミィナが楽しそうにぬいぐるみ作りをしている。
私は、自室で執筆作業中。
いよいよ来年の春から開校する、国民学校の錬金術科の教科書の原案の仕上げ中だ。
原案が出来次第、国王陛下がご指名なさった、錬金術科の先生となる方に、それを見ていただかないといけないので、私も真剣だ。
錬金術師の在り方。
やってはいけないこと。
使う器材、素材、作り方は絵付きで。
そして、リリーの畑で採った素材を使った各種ポーションを作ってみた、その分量を時期ごとに細かに書いていく。
「ふう、疲れた……」
私は、うーん、と大きく伸びをする。
すると、部屋の窓の方からコツコツと音がした。
「デイジー!」
私を外から呼ぶのはリコだった。
私は、椅子から立ち上がって窓の方へ移動し、リコに少しずれてもらってから窓を開ける。
「リコ! どうしたの?」
リコは開いた窓の、木枠に着地する。
「またたび、乾いたわよ!」
彼女はウインクして教えてくれた。
「ありがとう! さすがはリコだわ!」
「大事なデイジーのためですからね!」
感謝の気持ちを伝えると、リコは照れ臭そうにしながら、ふわりと畑へ飛んでいってしまった。
「さてと、またたびを粉にしなきゃね!」
楽しみに待っている子達がいるもの!
私は、書類仕事をしていた机を簡単に片付けてから、自室を出て、階下へ降り、庭の乾燥したまたたびを取りに行くのだった。
ゴーリゴーリ。
作業室に乾燥させたまたたびをすり潰す音が響く。
作業する私の横で、子犬姿のリーフがうっとりと床に寝そべり、ミィナが椅子に座って、とろんとした表情でテーブルの上に寝そべっている。
みんな、擦りたて新鮮なまたたびの匂いにうっとりだ。
……今日が、お休みの日でよかったわ。
これじゃ、ミィナが仕事にならない。
急いで擦って、またたびが熱くなって匂いが飛んでしまわないよう、ゆっくりやること小一時間。
「出来たわ!」
私が叫ぶと、ミィナとリーフの耳が、ぴょこんと揃って立ち上がる。
「ミィナ、ぬいぐるみは出来ている? だったら持ってきて欲しいんだけれど……」
「勿論です! すぐに持ってきます!」
急にシャキンとしたミィナが、自分の部屋へ取りに行くために階段を上がっていく。
リーフは、私の足元に来て、ちょっとちょうだい、とでも言うように、足の周りをクルクルと回る。
「リーフ、もうちょっと待ってね」
「くぅん」
リーフはちょっと残念そうにしながら、でもいい子に部屋の隅でお座りした。
「デイジー様、持ってきました!」
ミィナが手に二つの綿生地に柔らかな綿を詰めた、可愛らしいぬいぐるみを……。
って、え?
ミィナが持っていたぬいぐるみの形は二つ。
デフォルメされた、骨つき肉型と、レッドドラゴン!?
「え? これ、こっちはリーフ用よね?」
私が骨つき肉型を指差すと、ミィナは「はい!」と元気よく笑顔で答える。
「……じゃあ、このレッドドラゴンは……?」
「私のです!」
素直で元気な返事が返ってきた。
彼女曰く、彼女の夢は、いつかドラゴンに乗って大空を飛ぶことなのだそうだ。
「これ、またたびを入れた匂い袋を入れ替えできるように作ってあります!」
確かに、ミィナの言うとおり、こういう匂いというものはすぐに揮発してしまう。
そこまでわかって、入口付きぬいぐるみを作ったらしい。
結局、匂い袋二個にまたたびをまぶして、それぞれのぬいぐるみに詰め込んだ。
リーフは、はい、とまたたび入り骨つき肉型ぬいぐるみを渡すと、すぐにケリケリカミカミし始めた。もう、それは熱心に。
そして、ミィナは。
「じゃあ、デイジー様、おやすみなさい」
大切そうに、レッドドラゴン型のぬいぐるみを持って自室に行ってしまった。
今日の休日の彼女の夢は、あのぬいぐるみと一緒に空を飛んでいるのだろうか?
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