第180話 アリエルの心

 ギルヒア陛下にも、なるべく早く月のエルフの里と連絡を試みると約束をしていただいて、私たちは翌朝、星のエルフの里を去り、転送陣を経由して人の大陸に戻ってきた。

 そして、下りの山道に神経を使いながら、ようやく山道を降り切ると、それぞれの馬や聖獣に乗って、街道を王都に向かって進んでいく。


「まさか、こんなに早くに事態が悪化するなんてね」

 以前、『世界樹もエルフも長い時を生きるから、気長にで大丈夫よ〜』なんて言ってしまった過去のあるアリエルは、自分の見通しの甘さが悔しかったようで、唇を噛んでいる。

「あくまでアリエルは、エルフ。それを基準にしてしまうのは仕方ないんじゃないか?」

 リィンも、人よりは少し長命種の亜人であるドワーフ族。

 彼女の気持ちがわかるのか、アリエルのことを励まそうと声をかけていた。


「……ねえ、思うんだけど」

 そんな中、私は口を開く。

「うん? どうした?」

 レティアが私に呼応する。

「冥府の女神様は、誰かに、レイス達、魂を奪われてしまったと言っていたわ。その計画を、これほど急ぐのだとしたら……。目的はわからない。だけど」

「……犯人は人間か、それに近い寿命を持つ種である可能性があるということか」

 レティアが、私の思いを言葉にしてくれたので、私は、ただ、コクリと首を縦に振る。


 ……あまり、その想定を口にしたくなかったのよね。

 私と同じ『人間』のせい、ということ。


 私は、お父様やお母様、優しい家族や使用人、王様や軍の方達、アトリエ関連で知り合った人たち。みんなみんな優しくていい人たちばかりだったから、『そういう人』がいるのを、あまり認めたくなかったのよね。

 でも、アナさんやドラグさん達が、故国で酷い扱いを受けて、私たちの国に亡命してきたんだってことも知っている。


 ……人が全て善なる考えを持つとは限らない。

 お父様にも、アナ師匠にも、『善き』錬金術師になりなさい、と教わってきたから、私は、真逆の道へ進む人の存在を思考から排除していたのかもしれない。


 そんなことを考えて、私が思考に長く没頭していると、リィンは今度は私のことが心配になったようで、レオンに命じて、レオンとリーフを併走させる。

「デイジー。大丈夫か? 顔色が悪いぞ?」

 リィンは、大雑把に見えて、ここぞというときには優しく、お姉さんらしい優しさを私に与えてくれるのだ。

「なあ、ちょうどそこに草むらがあるから、一度休憩しないか? アリエルも、デイジーも、少し休んだ方がいいと思うんだ」


 リィンが指さす先には、白詰草なんかで厚い緑の絨毯になった、草むらがあった。

「そうしようか。明るいうちは自由行動。で、そのまま一晩休むぞ」

 マルク達も賛同して、休憩を取ることになった。

 リーフが草むらまで進むと、私は、そこで降りた。

「デイジー様。リコが、そこで心配していますよ」

 すると、私の視線と反対の方向を、リーフが鼻先で指し示した。


「デイジー! どうしたの、そんな悲しそうな顔をして!」

 そこにいたのは、私が、『リコ』と名付けた緑の精霊の少女……、だったんだけれど、今は、私と同じくらいの大きさで、見た目は、もっとお姉さんに見える姿に変わっていた。身にまとうドレスは淡いピンク色。羽も、緑色に透けて美しく大きなものに変化していた。


 そんなリコは、私をふんわりと体を触れ合わせ、両腕を肩に回し、優しく抱擁してくれた。

心安らかにリラクゼーション

 なんとなく気鬱だった心が、ふわり、と軽くなった。

「それにしても、その姿は……」

 リコに尋ねたかったが、彼女に静止されてしまった。


「ちょっと待っててね、デイジー」


 そう言うと、リコは、アリエルの元へ飛んでいく。

 そして、私にしたのと同じように、優しく抱きしめて、「心安らかにリラクゼーション」と唱えると、こわばっていたアリエルの表情も和らぐ。

「あなたのせいじゃない。大丈夫、あなたのせいじゃないわ」

 リコが、優しくアリエルの頬を撫でると、王女としての責任感もあったのだろうか、アリエルは、堰が切れたようにポロポロと涙を溢す。


「ねえ、アリエル。周りを見て」

 リコがそう言うと、アリエルは涙目のまま、あたりを見回す。

 涙目で、歪んだ視界の中には、マルク、レティア、リィン、ティリオン、レオン、リーフ、私が、笑顔で彼女を見つめている。

「ね。彼らは貴女の仲間で力強い味方よ。貴女に課された責務も、一緒に支えてくれるでしょう。そして、今回のことも、誰も責めていない。むしろ、みんな貴女には笑顔でいてほしいのよ」


「わぁぁぁん!」

 ぼろぼろぼろぼろと涙を流して、崩れ落ちるアリエルを、白詰草は、優しいクッションで受け止めてくれた。

 世界樹を守護すべき種族であり、その王女であること。三本の世界樹を救うことを条件に、母である女王陛下に外の世界に出してもらったこと。

 それなのに、のんびりしていたせいで、一本が冥界との裂け目を作ってしまうほど、対応が遅くなってしまった。

 彼女は、それを全て、自分の責任だと、自責の念で張り裂けそうだったのだ。

 アリエルが、泣き止むまで、みんなで、彼女の頭を撫でたり、涙を拭ってやったり、背を撫でてやったり。

 彼女の金の髪の上に白詰草の花冠を置いたのは誰かしら?

 そうこうしていると、ようやくアリエルの涙も収まってきたのだった。

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