第179話 星のエルフの王
冥府の女神様と緑の精霊王様がお姿を隠されてから、星のエルフの里の兵士たちをかき分けて、一際長身で見目麗しい男性がやってきた。
「レイス騒動が止んだと報告を受けたが……」
エルフ兵たちが、皆、彼が自分の前を通るたびに首を垂れるということは、彼が星のエルフの王なのかしら?
「ああ、アリエル姫!」
その彼は、アリエルが視界に入ると、懐かしさと親愛のこもった笑みを浮かべた。
「ギルヒア陛下も、ご無事で何より」
アリエルも、ギルヒアと呼ばれた王に笑顔を返す。
「ところで、アリエル姫がご一緒されている皆様は……?」
はて、と、この里に人がいることに疑問を持ったようだ。
「まずは、彼女はデイジー。緑の精霊王の愛し子であり、今回の騒ぎに収拾をつけてくれたのが彼女です」
私は、アリエルに紹介されると、陛下に頭を下げた。
「陛下、全ての原因はそこに転がっている邪虫。世界樹の中に忍び込み、世界樹を枯らそうとしておりました。レイスの沸く穴も、ここの世界樹が根まで弱り、冥府との道が出来てしまったのが原因です」
そう言って、まだ、うねうねと地面で動いている、禍々しい色をした芋虫を、アリエルが指し示した。
「なんと、こんな小さきものが、世界の構造を壊そうとしていたとは……」
驚きのあまりなのか、陛下は口元を片方の掌で覆っている。
「陛下、これは、私が聖魔法で浄化してしまおうと思いますが、よろしいでしょうか?」
「ああ、よろしく頼むよ」
「
アリエルがそう唱えると、邪虫は光に覆われて消えてしまった。
「それから、愛し子デイジー様、里のものに確認しましたが、この虫を取り出し、世界樹を大変美しい回復魔法で癒し、おかげで、例の裂け目も塞がったとか。星のエルフの王として、御礼申し上げます」
そう言って、陛下が、白く美しい髪を優美に垂らしながら、私に頭を下げる。
「いえいえ、私は一介の錬金術師、これも、自作のハイポーションに過ぎません。それを、水魔法で水を操るようにして、世界樹全体に降り注がせたのです」
私が、大袈裟に褒められたのが恥ずかしくて、謙遜して、大したことではないと陛下に説明する。
けれど、陛下のご様子は違った。
「世界樹を癒せるほどのハイポーションと、それを魔法で操る力……ですか? それではまるで、かつての伝説の錬金術師の姉妹……」
そう、陛下が言いかけても、私は、よくわからずに首を捻るだけだった。
「……そうですか、私から今お伝えするのも、時期尚早ということなのでしょうね。この度はありがとうございました。ささやかですが、里の世界樹の回復を祝って、宴を設けようと思います。ぜひ、参加して、一晩我が里で休んで行ってください」
夜。
里の広場の中央に篝火が焚かれ、ゆらゆらと揺らめいている。
篝火から時折ふわりと浮かび上がる火の粉は、蛍のようで幻想的だ。
美しい白から乳白色と、微妙に個性のある髪をもつ、星のエルフの楽士たちが、リュートやハープ、時にはピッコロで調子をつけて、喜びの音を奏でる。
私は、そんな中で、ギルヒア陛下とアリエル三人で、木で作った素朴な椅子に腰掛けている。
その長椅子の端に、冥府の女神様が顕現されたのだ。
初めて謁見するギルヒア陛下は、神の顕現にいつまで経っても頭が上げられないでいる。
「良い、星のエルフの王よ。私は話をしに来たのだ」
そう、女神様から命ぜられて、ようやくギルヒア陛下が頭を上げた。
「冥府に戻ってな。ゆりかごの中の魂を確認したのだがな……。いささか数が合わないのだ」
その言葉を聞いて、ギルヒア陛下の顔色がさあっと青くなる。
「それは、我々がただのレイスとして排除したからでは……」
今度は土下座でもしそうな勢いの陛下を、女神様が制止する。
「いや、魂は消滅魔法でも喰らわない限り、傷ついて冥府に戻るだけ。其方達には罪はない」
その言葉を聞いて、ギルヒア陛下は、ほうっと深く安堵の息を吐かれる。
「喜んではいられんぞ、星の王よ。……何者かが、其方らの手から逃れた魂を捕獲したと見るのが正しいようだ」
「「「捕獲……?」」」
女神様を除いた三人が、呆けたように首を捻る。
……だって、レイスをコレクションしてどうするのよ。意味がわからないわ。
「そういうわけで、エルフの里には、子作りに励んで欲しい」
「……子作り、ですか?」
女神様に、真顔でそんな頼みをされるものだから、陛下は困惑顔だ。
「初めに、エルフも、人も、魔族も、一対の男女が神の手によって作られたのだ。そして、子を増やすとともに、その核となる魂も数を増やしていった。死んでしまうと、剥き出しの魂は脆いもの。だから、大切に眠らせておくために、冥府が生まれたのだ」
「……では、魂が減ってしまった今、子を生み育て、魂の数の均衡を取り戻すことが必要と……」
そう、納得がいったように陛下が呟くと、女神様は陛下の理解の良さに微笑んだ。
次に、女神様は、私とアリエルに向き直る。
「まだ、傷つけられている世界樹が一本残っているね」
「「はい」」
私とアリエルは、揃って返事をする。
「私も、転送陣を教えるよう、なんとか尽力してみよう。また、冥府に穴が空いては一大事だからね。その時には、よろしく頼んだよ」
そういって、私と、アリエルの頬を撫でる。
「こんな子供達に世界の命運を託すのも酷なのだろうが……。それもあなた達が純粋であるからこそ、其方達を選んだのだろう。頼むね」
そう、労りと慈愛の笑みを私たちに向けたまま、女神様はお姿が見えなくなってしまった。
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