第172話 春山登山

『永遠の氷穴』に向かっている間に、耐火機能のある反物で服を作ってもらえる手筈が無事に整った私たちは、今度こそ『万年氷鉱』を採りにいくことにした。

 初めてマリリンさんの店を訪れたときに購入した、防寒着や、ピック付きのブーツ、そして、作ったばかりの『聖炎シリーズ』を持って、採取を阻む氷属性の魔獣達を退けた後にやっと採取が叶うのだ。

 私達は、それらの必須アイテムをきちんと持ち物に加えられているかを相互チェックした。


 実家に挨拶をして、アトリエの皆にもお留守番をお願いして。

 そうして、北西側の出口から、北の山岳地帯に向けて出発した。


 今度は、王都を出たら、真っ直ぐに王都の真北にある登山道入り口を目指す。

 そこまでの道のりは、普通に街道があるから楽々。私達は、馬や聖獣達に乗せてもらって、街道を進んでいった。


 そして今、登山道の目の前に到着し、明日の朝から登山すべく、私達はキャンプを張っていた。

 燃やした焚き火を中心にして、みんなが集まっている。

 焚き火は時折、パチンと燃料にしている乾いた小枝が爆ぜて、火の粉が散る。

 途中でアリエルが狩ってくれた鳥達を捌いて串に刺した物が、その火で炙られて良い匂いを漂わせていた。


「明日からの手順を説明しておくな」

 そう言って、マルクが説明を始める。

「目的の氷穴は結構高い位置にあるから、二日ほど登山になる。途中で平らになっている場所があるから、明日はそこでキャンプな。登山ブーツに履き替えるのを忘れないように」

 メンバー全員は、真面目に説明を聞いて頷いている。

「で、肝心の氷穴だけど、内部はかなり冷えるから防寒着を忘れないように。それと、中にはアイスウルフを筆頭に氷属性の魔獣がウロウロしているから、武器は火属性に持ち替えるのを忘れないように」

 再び皆が頷く。


 その夜は、鳥の炙り焼きを皆で食べて、明日からの登山に備えて早々に眠りにつくのだった。


 翌日、私達は朝食をとってから登山を開始した。この、王都の真北にある山は、冬でも基本雪の降らないこの国の中で、必ず秋〜冬にかけて、山頂部が綺麗に雪の冠を戴くのだ。そして、その雪は、春になると融けて、川を流れ滝を作り、地に染み込み、平野部にある王都の民達の大切な水源となるのだ。


 今は春。


 氷穴を目指して歩みを進める私たちの目に入ってくるのは、普段平野部で生活している私たちには珍しい光景ばかりだった。

 一日中陽の当たらない影になる部分にはまだ雪化粧が残り、そこを外れて陽の当たる部分から、高山植物が小さく可憐な花を咲かせる。


 まだ融きらない氷状の雪を端に残して、春に芽吹く生命達のための清涼な水が、滝となり、小川や湧水となって流れていく。

 そんな中を、私達は、時には見上げて歓声を上げながら、時には慎重に渡っていくのだった。


 確かに、今までよりも足元が危ない登山で、ピックのついた登山ブーツは必須だった。

 時には岩にしがみつき、時にはマルクに引っ張り上げてもらいながら、私達は山を登っていく。まあ、アリエルは相変わらず、ティリオンに乗って楽々飛行だったけれど。


 そうしてようやく、一日キャンプを張る予定の丘陵地に到着した。

「あ〜、疲れた!」

 皆が口々に言う。

 でも、そこは空気がそのいつも生活している平野とはまた違う。冷たく、そして清らかな感じがする。

 高台から見下ろすと、王都が一望できる。

「わぁ! 王都が模型みたいに見えるわ!」

 私は感嘆で声をあげる。


 北からの襲撃に備え、王城を守る頑丈で高い砦を一番北に、そして、王城があり、そこを中心にして貴族街が立ち並び、大店の商人の家、職人や市民の住む小さな家が細々と立ち並ぶのだ。

「実家はあの辺り……、私のアトリエはあのあたりかしら?」

「アタシとじいちゃんの工房はあの辺かなあ」

 私とリィンが、ああだこうだと言いながら、知っている建物を指さしておしゃべりする。

 そんな様子を微笑ましそうに見守りながら、マルクとレティアがテントを張っていく。

「私は食料を調達してくるよ〜」

 そう言って、アリエルが木陰の方へ消えていく。


 私とリィンは、リーフとレオンに、地面で拾った小枝を投げて、『とってこい』をして遊ぶ。

 意外に彼らは怒るでもなく、こういう遊びに乗ってくれる。


 そして、一晩をそこで過ごし、再度山登りを経て、目的地、『永遠の氷穴』に到着したのだった。

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