第160話 糸紡ぎと機織りの姉妹

 私達を工房に迎え入れてくれたのは、ラベンダー色の髪と瞳を持つ、双子の姉妹だった。ただし、その髪は一人はゆったりと癖を描き、もう一人は真っ直ぐ直毛だった。歳のころは、十三歳くらいだろうか。私より年上であることは見てとれた。

「私、癖毛の方が姉のララ。糸紡ぎの職人よ。そして、もう一人が妹のルル。彼女は機織り職人なの」

 お姉さんのララさんが、自己紹介してくれた。

 それに答えて、リィンがみんなの紹介をしてくれる。


「私達は『歌詠いの魔女』と呼ばれる少数民族の生き残りでね。古い言葉で歌うその歌に祈りを込めることで、私達が作る布に色々な付与を付けることが出来るのよ。言霊、というところなのかしらね? まあ、一般的なオーダーだと、『布を丈夫に』くらいなんだけれど」

 そんなことを言いながら、私達を工房の奥に案内してくれた。

 そこには、糸を紡ぐための糸車と、機織り機が置いてあった。


「うわぁ! 初めて見ました!」

 知識としては、布ができるのには、まずは糸を紡いで、それを織る職人がいることは知っているのだけれど、実際にその工具を見るのは、私にとって初めてだった。


「この尖っている部分が、絵本の『荊の中の眠り姫』で姫が指を刺してしまう場所ですか?」

 女の子には定番のその絵本には、お姫様が糸紡ぎの糸車で指を刺すシーンがあるのだ。

 興奮してその構造をあちこち見て回る私達を、双子の二人は微笑ましそうに見ている。

「そうよ。でも、本当に尖っていて危ないから、扱いは気をつけてね」

 糸紡ぎ担当のララさんにやんわりと注意された。

「素材は、ジャイアントスパイダーの粘液袋とフレイムウルフの体毛だったわね」

 そう、確認してくるララさんに、その素材を両方手渡した。


「まあ、立派な粘液袋に体毛! それに、これだけあれば、肌触りの良い上質な糸と布が沢山できるわ」

 ララさんとルルさんがその素材に瞳を輝かせている。

「こういう特殊素材を使った布作りの依頼ってなかなかないのよね。だから腕がなるわ。ね、ルル」

「ええ、ララ!」

 二人は、糸の原料である粘液袋も、特殊効果を持つ体毛も質が良く、沢山あるので満足そうに微笑みあっている。

「あ、そうだわ。体毛の特殊効果の他にも、私達の歌で何か一つだけ付与をできるんだけれど……」

 ララさんが、私たちに尋ねてくる。

「そうね、私達ができるのは、防御力向上、魔法防御力向上、布を丈夫に、魔法威力を向上、聖属性の守りの力くらいなのだけれど……」

 ルルさんが、どうするか首を傾げて尋ねてくる。


「ドレイクを倒したいのよね。そのための、フレイムウルフの体毛なのよ」

 私は素直にその布を作る目的を彼女達に伝えてみた。

「それは凄い目的ね……。でもそうだとすると、防御力も上げておいた方がいいわ。あれはブレスも強力だけれど、その物理攻撃も強力だと聞くから」

 ララさんとルルさんに、そう提案される。

 私は、リィン、アリエル、レティアに目線で、それで構わないかを確認した。

 反対意見はなかった。

「はい、それじゃあ、防御力向上でお願いします」


「糸車を見るのは初めてのようだから、少し見ていく?」

 ララさんが提案してくれた。私達は好奇心でいっぱいで、そのお言葉に甘えることにした。

 だって、なかなか糸紡ぎや機織りを実際にやっているところを見る機会はないし、さらに、彼女達は『歌詠いの魔女』の力で、きっと美しい声で歌いながら作業するのだろう。それを想像したら、申し出を断る気にはなれなかったのだ。


 まず最初に、ララさんが右手で粘液袋を軽く握る。そして、左手で粘液袋の表面を撫でると、細い細い蜘蛛の糸がふわりと宙に浮くように生まれる。それを、フレイムウルフの体毛を混ぜながら指先で捻って、糸にしていく。そして、初めの糸をボビンに巻きつけていく。

 次に、糸車にボビンをセットして、糸車の糸を通す箇所に通せばセットが完了。椅子に腰かけて踏み板を漕ぎ、指先で糸を捻りながら、ララさんは歌を歌い出した。

「〜♪〜♪〜♪」

 言葉こそわからなかったけれど、その曲調と歌声から、とても優しい想いの込められた歌だということは伝わってくる。


「これは、『守護の祈り』という歌よ。こうやって私達は素材に新たな効果を付与していくの」

 ルルさんが私達に、糸紡ぎをしているララさんの歌について教えてくれた。

 ララさんが歌うと、彼女の周りがほんのり輝いて、その光が糸に繋がっていく。

 とても美しくて、優しい光景を、私達はうっとりと眺めていた。

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