第142話 姉妹でお買い物①

 結局、リリーを連れて街歩きに行くことになった。

 私とその守護聖獣であるリーフが一緒であるという理由から、お母様から許可が降りたのだ。

 リリーは、いつも馬車で出かけることを命じられているから、街歩きは初めてで、はしゃいでいる。


 もちろん、五歳では商店の集まる地域まで行くまでに疲れてしまうだろうから、リーフの背中に乗せてもらっている。

 それでも、馬車に籠って街を移動するのとでは、全く景色も気分も違う。

「おねえさま、あれはなに?」

「街灯よ。夜になると点灯して、街を明るくしてくれるの」

 なんて指をさしては、あれなに攻撃が続くのだった。


 そうやってのんびり自宅のある住宅街から、商店の集まる地域まで歩く。

 静かだった街並みは、客寄せの声や、露店で物を売り買いする声で賑やかになってきた。

「うわぁ!」

 リリーが街の賑わいに目を輝かせている。


「リリーは、何を買いたいのかしら?」

 先に彼女の要望を聞くことにした。

 彼女は、自分のお小遣いを持ってきていて、初めて自分でお買い物をする予定なのだ。

 まあ、当初は計算を全部できるようになったら……という約束だったが、足し算引き算と貨幣の計算ができるようになったところで、一旦よしとされた。

 掛け算や割り算まで含めてしまうと、ちょっとハードルが高い。

 我が家も遅れてやってきた末っ子には大概甘いのかもしれない。


「えっと、ケイトに、いつもありがとう、と、ごめんなさいの、なにかを、かいたいの」

 あら。自分のものじゃなくて、使用人へのお土産が一番なんて、優しい良い子だわ。

 そうなると、そうねえ……。

「ケイトが本を読む時にちょっと摘めるような、焼き菓子なんてどうかしら?」

 そう、無難な提案をした私に、リリーは、首を横に振る。

「わたしのごめんなさいが、ちゃんとのこる、ものがいいです」

 なるほど。謝罪の気持ちをちゃんと残したいのね。それじゃあ消えものはダメだわ。

「何がいいかしらね。小ぶりなアクセサリーや刺繍が素敵なハンカチなら、女性は普通喜ぶわよね」

 様々な商店を覗きながら、ふたりで思案する。


「あ!」

 そう叫んで、リリーの目がある店の前で止まる。

 そこは小さな雑貨屋だった。

 そして、指さす先には、綺麗な刺繍の施された栞が並べられていた。

「本を読むのが好きな人には、ピッタリね。相手に寄り添った、良いものを見つけたわね」

 そう言って、リリーの頭を撫でる。

 リリーは、私を見上げて、ふふ、と嬉しそうに笑う。そして、リーフの上からぴょんと飛び降りて、乗せて来てくれたお礼なのか、リーフを撫でる。それに答えるかのように、リーフは鼻先で、撫でる手をつんっとした。


「ケイトは赤毛で茶色の瞳。そうすると、彼女の容姿に合わせるよりも、好みの色の物にした方が、華やかな贈り物になりそうね」

「うーん。どれがいいかしら……。ちゃいろだと、くまさんとか?おとなのケイトには、にあわないわ」

 リリーは、悩みに悩んでいる。

 私とリーフは、その後ろで顔を見合わせる。リリーが、初めて誰かに物を贈るための大切な品探しだ。お互い、じっくり選びましょうか、という気持ちを込めて、微笑み合う。

 ケイトは、今二十歳のはず。そうすると、おそらくリリーの言うとおり、動物の意匠はちょっと違う。


 華やかな花束や、幸運を祈る四葉のクローバー、小鳥に、イニシャル……。

「あっ!」

 私も一緒に探していると、リリーが一枚の栞を手に取った。

 そこには、茶色い犬のマズルはなの上に、小さな空色の小鳥がのって、仲睦まじそうに見つめあっている意匠だった。

「やさしそうな、ワンちゃんはケイト。そらいろのとりは、わたしのひとみのいろ……」

「これからも仲良くしてね、って気持ちが込められそうね」

 私がそう言うと、リリーが大きく頷いた。

「これにするわ!」

 大きな声でリリーが叫ぶと、店の中から気の良さそうなおばあさんが出てきた。店主さんかしら?


「お嬢さん、大切な贈り物は決まったかい?」

 どうやら、真剣に選ぶリリーの様子を店内からそっと見守っていたようだ。

 にっこりと笑って、小さなお客さん、リリーに話しかける。

「はい!ピッタリなものが、みつかったわ!」

「そうかいそうかい、それは良かった。少し待ってもらうことになるけれど、贈る相手の名前を刺繍してあげようか?そうすれば、間違えて落としてしまっても、ちゃんと大切な人の元に戻ってくるからね」

 リリーが私に視線を向ける。彼女はその申し出を受けたそうな様子だ。


 ……大切な、贈り物だものね。ずっと持っていて欲しいわよね。


「お言葉に甘えて、お願いしましょうか」

 そう言うと、嬉しそうにリリーは頷く。

「ケイトって、かいてちょうだい!」

「はい、じゃあこれは少し預かるね。しばらく店内を見るか、そこの椅子にでも腰掛けてておくれ」

 そう言って、おばあさんはリリーから栞を受け取って中へ入っていった。


 私たちは、雑貨屋の中を見て回り、自分たち用の栞や、お姉様、ミィナとアリエルと私とリリー分のキラキラした石のついた髪留め、そして、リボンもお約束!と、

 結局追加で色々買うはめになったのだった。

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