第139話 教科書作り

 さて、アトリエに帰ってきた。頂いた天秤と分銅の入った箱を実験室の器材置き場に置く。

 教科書の原案を書こうと思うんだけど……。

「ねえマーカス。今度できる『国民学校』の『錬金術科』の教科書作りを陛下から依頼されたんだけど、普通品質のポーションってどう作るのかしら?」

「……そういえば、デイジー様のポーションは品質が良いのが前提みたいなものですから、作ってみたことはありませんね」

 私の問いかけに、マーカスもはたと気づいたとばかりに、一緒に首を捻ってしまう。


「そういえばなんですか、これ。それに、この木の箱に書いてある、『エイト』とか」

「『天秤』って言って、重さを量る計器なんですって。『エイト』っていうのは、国で決めた重さの単位なんだそうよ」

 私は新しい金貨と、ピンセットを使って分銅を載せて、30という数字を指し示す分銅を指さす。

「未使用の金貨一枚の重さが基準で、30エイトよ」

「これがあれば、確かに物の分量を他人に正確に伝えることが出来ますね」

 へえ〜、と言って、正面や横から天秤の造りを興味深そうに覗き込むマーカス。

「分銅は素手で触ると錆びて重さが変わるから、この『ピンセット』を使ってね」

 私はピンセットを自慢げにマーカスに見せる。

「お嬢様、それは『毛抜き』って呼んでましたよね?」

 ……私は知らないふりをした。


「ところでデイジー様。教科書にはどこからどこまでを書かれるおつもりですか?」

 あ、そうか。マーカスにちゃんと伝えていなかったわね。

「『豊かな土』を使った薬草畑の作り方と、その素材を使ってポーション、解毒ポーション、マナポーション、ハイポーションの作り方までかしら。素材を裏の畑から採ってきて、どれくらいの量が必要か実験しないとね」

 そう答えると、マーカスが、腕を組んで「うーん」と唸る。

 はて?私はおかしなことを言ったかしら?

「デイジー様。ちょっと一緒に裏の畑へ行きましょうか。気づかないのでしたら、現実を見た方がいい」


 そう言われて私はマーカスと共に、畑を見に行くことになった。

 そこに広がっていたのは、普通の人なら目を疑うような、非現実的な空間だった。

 妖精が飛び交い、せっせと薬草の世話をする。

 精霊が何やら薬草に魔力を注ぐと、薬草の葉はみるみる色味を増していく。

 マンドラゴラはご機嫌で歌を歌い、それに合わせて心地よさそうに世界樹が揺れる。

 もう冬だというのに、畑は常春だ。

「うわあ」


「ね、デイジー様。ここの薬草たちは、教科書を作るにあたって、基準にできる素材ではありません」

 私は納得してがくりと項垂れた。


 ……土づくりから再現……。

 最低その土で一回は種継したいし……。

 まあ、学校の建設にも時間がかかるから、時間はあるのか、なあ……?


 そんな時、実家の馬車がアトリエの前に止まったのに気が付いた。

 ドアが開き、私を探すリリーの声が聞こえてきた。

「デイジーおねえさまぁ!」

 なんだろう?

 最近はリリー自身の気持ちが落ち着いたのと、例の離れの小屋を実験室に戻し、リリーのものとした。そして、確か、ダンと一緒に作業方法を教えながら、畑も作ったはずで、彼女は自分がやりたい時に、自分で試行錯誤しながら錬金術を実践している(ケイトのお付ありでね!)。

 だから、彼女の急な訪問も減っていた。

 将来自立した錬金術師になるためには、私に寄りかかって学ぶだけではダメ。『試行錯誤』することが、将来の彼女の糧となるはずだから。


 というわけで、来るにはなにか理由があるはずだ。

 ……何かあったのかしら?

 やっと畑にいる私とマーカスを探しあてて、リリーが姿を現す。

「いらっしゃい、リリー。何か困ったことでもあったの?」

「いらっしゃいませ、リリー様」

 リリーは、私たちに挨拶の言葉を受けながら、ポシェットからポーション瓶を取り出す。


 ……あれ?

 その普通のポーションの性能は、通常の1.3倍だった。

「あら?私があげた種で育てた薬草で作ったのよね?」

 リリーに問いかけながら、首を傾ける。

「はい、いっかい、たねつぎを、したものです。でも、なんだかはっぱたちも、こことおなじじゃなくて」

「……作ってみても、この品質という事ね」

 リリーがこくんと頷く。

 そこに、精霊の女の子がやってきた。

「そりゃそうよ。一回覗いたけれど、リリーの畑には妖精も世界樹もマンドラゴラだって居ないんだから!育つ薬草の質が違うわ」

 それを聞いて、私とマーカスが顔を合わせる。

「「それよ(です)!」」

 おそらく、『豊かな土』を土台とした、『常識的な』畑は、リリーの畑だ。きっとそこの素材なら、教科書の基準として使えるはずだわ!

「あれ、わたし、おねえさまの、おやくにたてましたか?」

 同じ品質にならないことを相談しに来たのに、なぜか私とマーカスが喜んでいる。リリーは、不思議そうな顔をしていた。

「うん、リリーはちゃんと『普通に』薬草を育てられているわ。ねえ、お願いがあるんだけれど、リリーの育てた薬草たちや実験室を時々借りられないかしら?」

 私はリリーの目の高さにしゃがんで、彼女の頭を撫でる。

「もちろんです、おねえさま!」

 こうして私たちは、リリーの畑という常識的な畑を見つけることが出来たのだった。


「……試しにやってみようかしら」

 そう言って、私はリリーとマーカスと一緒に実家に帰り、薬草畑を経由してから実験室に入る。

 そして、いつもの量を1.3で割った分量に癒し草と魔力草を天秤で計って調整する。

 蒸留水と、癒し草と魔力草の重さをそれぞれ計って、メモをする。

 で、苦味が出ないように下処理をして……と、いつもの手順でポーションを作っていく。


【ポーション】

 分類:薬品

 品質:普通ー

 レア:D

 詳細:少し品質の落ちる一般品。ほのかな甘味を感じる。

 気持ち:普通のお値段払って僕だったらガッカリだね。


「ちょっと悪いものが出来ましたね」

「分量はただ単に品質の割合で減らしただけじゃだめってことね」

 マーカスと二人、出来上がった品を確認する。

「……あとは、アトリエの畑と違って、季節による素材の状態も考慮しないといけないかもしれませんね」

「そうね。今日使った葉たちは、枯れてはいないけれどだいぶ元気がなかったものね」

「でもそうすると、何をもって【鑑定】は『一般品』と言っているんでしょうね?」

 マーカスが、ふと思いついたように口にする。

「なにか基準値でも持っているのかしら?」

 まさか国内の統計でもとっているのではなかろうか。でも、それだと、普通に野に生えている野草なんて、その年の気候や季節によっていくらでも品質は変わるだろう。何かしら鑑定なりの基準値があると考えるのが妥当そうだ。

 と言っても、鑑定からの回答は無いのだが。

「まあでも、場所によっては鑑定士のチェックが入るのだから、鑑定での結果を基準にした方が良さそうね」


 そして、素材に季節による品質の差があるということは、そこもきちんと教科書でフォローしなければいけないだろう。これは一年がかりでの仕事になるということか。

 まあ、書く分量自体はそう多くはない。こつこつ数字拾いをしていきましょうか。


 ……ちなみに、私はこの教科書にこっそり願いを込めることにした。

 教科書の最後に、この方法で薬剤を作る場合、成分を濃くすればもっと良い品質のものができるということを、少し書き記しておく。

 きっと、たくさんの人がこの教科書を手に取るようになる頃には、『もっと良い品質のもの』を取り扱う人が出てくるだろう。そうしたら、『普通品質』自体の基準が、いつの世か、引き上がるかもしれない。もちろん既存業者たちも手に取るほどになったら。そうしたら、国のみんなが今よりいいものを今の値段で買えるようになるかもしれない。

 ……少し、遠い未来に夢を見たっていいんじゃないかしら。だって私はまだ夢見ることが仕事の子供なんだもの。

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