第137話 国民学校

 聖女であるダリアお姉様の提案で、国王陛下と枢機卿猊下が話し合いをすることが決まった。

 それまでの間は、ルックは私たちのアトリエから孤児院の私塾に通う事になった。


 ルックがお世話になるのだから、お布施を……とも思ったのだが、私は、どうせなら預けられた子供たちの生活が向上するようなものを現物で寄付したいと思った。

 だから、まずは、孤児院の子供たちのために、古着屋で大量の古着を買って寄付した(私たちの国では服は高いものだから、平民は大抵古着屋で服を買う。貴族の私だってお姉様のお古育ちだ)。

 シスターと話をしに孤児院へ行った時に、孤児たちがあまりにも着古して継ぎ接ぎで補った服を着ていたからだ。


 それから、シスターに聞くところによると、子供たちは湯浴みではなく水遊びで体を清めているのだという。だから、魔道具式の加熱機能が付いた浴槽も贈る。これから冬になって寒くなるから、子供たちも湯浴みなら入浴が嬉しくなることだろう。


 あとは食べ物。食べ盛りの子供たちが満足できるように、食料品店にお願いして、定期的に肉と豆を孤児院へ届けるよう手配した。もちろん請求先は私のところだ。


 ……貴族らしく現金の方が良かったかしら?


 ちょっとそんな思いも頭を掠めたのだが、子供たちの生活に結びついた贈り物に、子供たちの面倒を見るシスターはとても喜んでくれて、私は後日、感謝の手紙を受け取ったのだった。


 そして、国王陛下と枢機卿猊下の話し合いの日が来た。

 関係者として、私とダリアお姉様、子供たちを私塾でみているという理由でシスターも同席した。

 他に、宰相閣下や財務卿も同席している。


「それで、今回の話は、教会孤児院の私塾を拡大して、錬金術を教えることにしたいと。そして、ゆくゆくは、錬金工房を教会が持ち、錬金術師が居らず、病や怪我の治癒体制が整っていない町や村に配れるようにしたいという話でしたな」

 宰相閣下が、本日の主題を確認される。

枢機卿猊下がそれに頷かれた。


「錬金術を学んだ者の進路は、自由選択なのだな?」

 国王陛下が確認される。

「はい。例えば、親の死によって学ぶ師を失ったような子は、実家に戻り、親の残したアトリエで自営すれば良いでしょう。自分のアトリエをまだ持たず、教会に残り教会の錬金術師として職を得たい子は、教会に残ってもらい、我々の事業に協力をしてもらいたいと思っています。勿論、給金は支給します。将来独立するのも咎め立てはしません」

 枢機卿猊下の回答に、陛下が満足気に頷かれる。


「デイジー。教会の新しい事業向けには、何を教えるつもりかな?」

 陛下が私にお尋ねになる。

「はい。まずは畑の作り方です。これは『栄養剤』と『豊かな土』という、錬金術で作る、畑に栄養を与えるものの作り方を教えます。錬金術師が自分で薬草畑を持てば、薬草採取での魔獣との遭遇など、思わぬ事故に遭うことも無くなりましょう」

 陛下が頷いて続きを促されるので、私はそのまま続けて構想を語る。

「そして、地方の町や村で最低限必要になりそうな、普通のポーションと、解毒ポーション、マナポーション、ハイポーションの、四種類のポーションの作り方を習得させます。修了時に、地方へ戻る子には、薬草の種を支給するつもりです」

 私の言葉に、陛下も猊下も満足そうに頷かれた。


「猊下、貴方の申し出を無下にするつもりは無いのですが、『学校』については、国が平民でも入学可能なものを建てようと思うんですよ」

 私は陛下の意図がわからず、首を捻る。それを見て、陛下が笑って教えてくださった。

「デイジー、一応この国は猊下のお伝えするガリアス教が国教と定まっている。みな、表向きはそれに従っている。だけどね、本当に人が心に持つ宗教はそうとは限らないんだよ。例えば、止むを得ず故郷を捨てた移民もいるし、小さな集落では土着の神を信ずる者もいる」

「……なるほど、だから、学校は教会のものでは足りないとおっしゃるんですね」

 うん、と陛下は頷かれる。

 私はまた、ひとつ世の中の事を知った。


「そう、国民の識字率等を上げるためには、まず最初の教育機関は宗教から離れたところにないと『全ての国民』には行き渡らない。そう私は思っている。猊下、如何でしょう?」

「陛下のおっしゃる通りです。我々は、神の教えと共に読み書き計算を教える私塾を持っていますが、陛下の新たに設立されようとする学校と両立こそすれど、お互いの邪魔にはなりますまい。学ぶ者が、自由に選べば良きこと」

 そのあとは、陛下と猊下の間で、『国民のための学校』のあり方について詰められていく。


「錬金術を教えるのも、国の学校の方に置き、希望者への選択科目、もしくはそれのみの受講も可能としたいのですが、よろしいでしょうか。ただし、錬金術師がいない地方で開業しようとする者、もしくは教会の下で、薬剤の地方普及のために働こうとする者には、無償で教育を受けられるよう、奨学金制度を設けようと思っております。孤児院にいる錬金術師の職を頂いた子供も、一定期間教会の下で勤めるのであれば無償で就学可能です」

「……それは、良い。本当に良いお考えですな」

 陛下の提案に、猊下が目を細められる。


 ……こうして、『錬金術科』付きの『国民学校』が設立されることになった。

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