第131話 樹氷鉱を求める旅①

 次に行く場所は、王都の北西にある賢者の塔。そこへ続く道の途中の脇道から登山道を進み、樹氷鉱が採取できる氷穴を目指すのだ。

 まずは、賢者の塔を目指した時と同様に、街道沿いを進み、登山道への分かれ道のところに、登山前に休みを取れるように設置された小さな宿場町があると言うので、今日一日の目標は、その宿場町への到着ということになった。


 以前来た時には、山の色も鮮やかな緑だったものが、葉が落ちて既に枯れ枝になっていたり、黄色や赤に彩られたりしている。吹き付ける風は乾いて冷たく頬を冷やしていく。

 そして、空は青空の上にいわし雲が流れていく。

「ちょっと寂しいわね」

 私が呟くと、「もう冬も近いしね」とリィンが答えてくれる。


「そういえば、アリエル」

「ん?なぁに?」

「世界樹の残り二本の病気を治す件はどうなったの?」

 私は、しばらく音沙汰のないけれど、頼まれているはずの案件について尋ねてみる。

 すると、想定外の回答が返ってきた。

 月のエルフ達は、ちょうど王が崩御されたばかりで、その子供である双子の姉妹のどちらを女王とすべきか決まらず、人間を里に入れるか否かを判断できるエルフ(王)がいない。

 星のエルフは、里を厄介な魔獣に荒らされていてその退治に苦慮をしており、むしろ陽のエルフにそちらの援軍を頼みたい、と。

 ともあれ、『今は、ちょっと枯れかけの世界樹どころじゃない!』ということなのだそうだ。


 ……あれ。世界樹って枯れると世界が崩壊するんじゃなかったっけ?


「まあ、エルフも世界樹も長命だからね。死ぬほど気長なのよ〜」

 と、母親から伝えられた結果に、彼女自体も呆れているらしく、肩を竦めていた。

「まあ、世界樹を管理しているエルフたちが、まだ大丈夫と判断しているのなら、大丈夫なのかしら?」

 私が首を捻りながら尋ねる。

「エルフの寿命なんて千年超える方もいるからねえ。むしろ、二本目以降は、次代の愛し子の仕事になったりしてね」

 ……それは冗談なのか本気なのか。その気の長さに呆気に取られて、その答えは聞きそびれてしまった。


 道行は安全だ。

 私たちのやや上をティリオンに乗って飛ぶアリエルが、弓術士の目の良さで索敵し、魔獣が多少居ようとも、さっさと弓で撃って排除してくれる。

 ちょうど私たちと行き交う人たちも、そのおかげで無駄な消耗をしないですむおかげか、感謝の言葉を掛けられながら、すれ違っていく。


 やがて、夕方になる前には目的の宿場町も見えてきた。

 入口の若者に身分証を見せて、馬を置ける宿屋の場所を聞き、マルクとレティアは馬を繋ぎに行く。

 リーフとレオンとティリオンは、ぽふんと小さな姿になった。どうやら、ティリオンも、アリエルの頭の上にとまれるほどの小さな姿になれるらしい。

 木造づくりの簡素な宿屋の受付で、五人それぞれ個室で部屋を確保する。


 ……と、宿屋の受付の奥で咳をする音に気がついた。

「風邪ですか?」

 その、奥で咳き込む人に向けて、私は少し大きめの声で尋ねる。

 すると、呼吸の苦しそうな奥の人の代わりに、受付をしてくれたおじさんが答えてくれた。

「ちょっと、急に冷えてきたせいか、今この町で風邪が流行っていてね。軽症の者は後に回すにしても、肺を患ってしまった者や、子供や老人は早めに治してやりたいんだが、ポーションが切れてしまって。行商が来るまでにまだ日もあるしねえ」

 町の元気な人間が大きな街に買いに行けばいいだろうと思うかもしれないが、冒険者に護衛依頼もできないと、街道と言っても長旅に出るのは危険なのである。彼らは、行商人がポーションを持ってきてくれるのを待つしかない。


 五人で顔を合わせる。

「デイジーのロッドのポーション格納量ってどのくらいなんだ?」

 マルクが尋ねてくる。

「多分この小さな町ならみんなに飲んでもらっても、余裕で余ると思うよ?」

 そう答えると、それを聞いていた宿屋のおじさんが、ガシッと私の腕を掴んだ。

「代金は何とかして払う!町のものを治してやってくれないか!」


 結局宿屋のおじさんがその町の町長さんに話をして、私は順番に体調の悪い人がいる家を回ることになった。

「はい、アーンって口開けて」

 と、ロッドを手に持って、理解不能な要求をする十歳の少女(私)に首を捻りながらも、付き添いの町長さんに促されて、患者さん達は口を開ける。

 すると、私はぽわんとロッドの先端からポーションの水泡を浮かせて、口の中に放り込む。

「ただのポーションだから大丈夫、飲んでください」

 ……効果二倍だけどね。

 患者たちは、ごくんと喉を動かして嚥下する。

「……あれ、前より調子いいわ」

 患者さんたちは、一様に首を捻る。

 そんな感じで、町長さんの案内で町を周り病人を癒して回った。


 ポーションは通常大銅貨一枚、千リーレで売っている。行商人価格だと、その手間賃分値上がりするらしい。でも、私のポーションはそれ以上の五倍価格ってことは内緒にした。困っている人からむしり取るような行為はしたくない。

 ここの宿屋は朝夕の食事付きで一部屋大銅貨三枚。

 ポーション代を一人千リーレとして計算すると、結局宿代とポーション代がトントンって感じになったので、私たちの今日泊まる代金を町長さんが負担してくれるってことで話をつけた。

 街の人たちには、我が町の聖女様だよ!なんて言って大袈裟に感謝してくれた。


 でも、なんて言うか、治してあげられて満足というよりも、『簡単に治療を受けられない人がいる』ということを初めて知って、王都育ちの恵まれた身ゆえの無知に、なんだか複雑な気分になりながら、その日の夜はリーフに暖めてもらいながら眠りについた。


 ……こういうのって、どうにかできないのかな。

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