第113話 秋の洗礼式での出会い③
お父様が騎士団長さんに我が家に来てもらう日取りを決め、その日がやってきた。
今日は安息日で、我が家にとって大事なことを決めなくてはならないので、お兄様も寮から呼び戻されていた。当然お姉様もいる。
お兄様もお姉様もリリーには同情的で、「それにしても酷い親もいるもんだね」などと言っている。
まだ進学前で自宅に住んでいるダリアお姉様は、ここ数日でリリーと仲良くなり、『魔法玉によるカラフルお手玉』を披露して、リリーをきゃっきゃと喜ばせている。
なんでも、
……普通そんな遊びしないと思うけど。いや、できないの間違いね。
そんなことをして、約束の時間まで時間を潰していると、騎士団長が我が家へやってきた。
「この度は、本当にうちの愚弟が迷惑をかけた!大変申し訳ない!」
騎士団長は、みながソファに座るなり、即座に頭を深く下げた。どうやら、リリーの父親は騎士団長の弟の騎士だったらしい。
「……おじ、さま?」
リリーが、見覚えがあるのか、首を傾げて恐る恐る尋ねた。
「ああ、そうだ。お父さんに酷いことを言われたんだってね。早く気づいてあげられなくて済まなかったね」
そう言って、騎士団長が向かいのソファから腰を上げて、テーブルに片手をつけながらリリーの頬に触れようと腕を伸ばすが、リリーは、隣に座っている私の腕に抱きついて顔を隠してしまった。
「まあ、当然の反応だろうな」
苦笑いとともに、騎士団長は腰を下ろした。
「大丈夫?リリー」
私の腕の中に顔を隠してしまったリリーに尋ねると、騎士団長は自分を捨てた父の面影を思いださせるので、嫌なのだといって首を振った。
「……愚弟のしでかした事だ。本家であるうちの養女にと思っていたんだが……」
リリーの嫌がる理由を聞いて、騎士団長が困った顔をする。
「だが、私を見て父親を思い出すことがこの子の心の負担になるのだとすると……。それと、個人的な希望で勝手だと思われるかもしれないが、この子を受け入れるなら、この子の将来のために最高の教育環境を与えてやりたいんだ。そうすると、デイジー嬢しかこの子の師となる方が思いつかなくてね」
そう言って、騎士団長に見つめられて、ちょっとびっくりしてしまった。
……私はまだ十歳の子供よ?
「まあ、今この国で一番の錬金術師といったら、デイジーのお師匠様かデイジーでしょうね」
お姉様がそんなことを言い出した。
「え、ちょっと待って。私はまだ十歳の子供よ?」
いやいや、と首を横に振って、騎士団長が話し出す。
「ダリア嬢の言う通りだ。そして、保護してくれたのが貴女だったからなのか、リリーはデイジー嬢、あなたに心を許している」
「あの、騎士団長様。でも、リリーが仮に騎士団長様の養女になったとして、見習いとしてデイジーの元で優れた錬金術の技を修めたとしたら……」
「……返せと言ってくるだろうな」
お兄様の言葉に、騎士団長が苦い顔をする。
「そんな、子供を都合のいい道具のようにいらないだの返せだの、酷いわ」
お母様もその想定には顔を顰めた。
「うーん。近い親戚同士だと、軽くそんなことを言ってきそうだね」
お父様がそう呟くと、組んだ両手に顎を乗せて、しばし逡巡するように黙ってしまった。
しばらくすると、意を決したように顔を上げて、体の向きを変えてリリーに語り掛ける。
「ねえ、リリー聞いてくれるかい?」
私と反対どなりでリリーの隣に座っているお父様が、私にしがみついているリリーに声をかける。
「……はい」
私にしがみつく力を緩めて、顔を上げ、お父様の方に顔を向ける。
「リリーは、私がお父さん、彼女がお母さん、そして、ダリアとレームスとデイジーが自分のお兄さんとお姉さんになるのは、嫌かな?」
「……え?」
「うちの養女になれば、そういうことになる。元のおうちとは縁が切れることになってしまうが……」
『また、私は子供に難しいことを決めさせようとしているな』
リリーに言いながら、ヘンリーは苦笑いした。
「……わたし、おとうさまに、『やくたたず』『はじさらし』『いらない』っていわれて、おいていかれました」
その時のことを思い出して、涙を浮かべて話し出すリリーに、女性陣は、ハンカチで目を押さえる。私も、リリーのことをぎゅっと抱きしめた。
「でも、デイジーおねえさまは、いらないこじゃないって、『れんきんじゅつし』は、かみさまが、わたしにぴったりとおもってくれたんだっていって、ギュッてしてくれました」
リリーはしゃくりあげながらも、一生懸命自分の想いを伝えようとする。
「わたしは、そんなデイジーおねえさまのいもうとになりたいです。ここのおうちの、やさしいみなさんの、かぞくになりたいです」
私が、リリーを抱きしめる腕を緩めて向きを変えてやり、リリーの背をお父様の方へそっと押す。
お父様が、リリーを大きな腕で抱きしめた。
「……じゃあ、家族になろう」
「……かぞく。でもやくたたずなわたしが、いいんですか……?」
「デイジーが言ったろう?君は役立たずなんかじゃないよ。それと、私はリリーと家族になりたいんだけれどな。リリーは、私がお父さんじゃ嫌かい?」
「……いやなんてっ、……かぞくに、してください。……えっと、あの……おとう、さま」
優しく抱きしめるお父様に応えるように、リリーもおずおずと小さな細い腕をお父様の背に回す。
「皆、いいよね?」
「「「「もちろんです」」」」
もはや家族に異論はなかった。
「リリー、いらっしゃい。お母さんのところにも来てちょうだい」
お母様が、両腕を広げる。すると、お父様はリリーを解放し、リリーは、お母様の腰かけている場所に移動して、その腕の中に納まった。
「……おかあ、さま?」
「ええそうよ、リリー。うちの女の子はね、みんなお花の名前って決めて名付けているの。リリーは百合ね。まるでうちの子になる運命だったみたいね」
そう言って抱きしめて、頬ずりをする。リリーは擽ったそうにしながらも、お母様の背に腕を回して微笑んだ。
そして、それを見守りながら、深く深く騎士団長が頭を下げていた。
私の国の制度として、国が管理する戸籍というものは存在しない。貴族の戸籍は、各家の家系図によって決められてしまう。だから、勝手に除名したり、除名したものを養子に行った先にあとから返せというようなトラブルもありうるのだ。
そのため、後顧の憂いを断つために、リリーをプレスラリア家の養女にすることについての念書を作る際には、お父様と騎士団長、騎士団長の弟が承諾の署名を入れ、さらに念押しのために国王陛下にも署名をいただいた。騎士団長は、養育費の名目でお父様にお金を渡そうとしたが、それは断ったらしい。
今回の件に関わった教会のシスターにも、事の顛末を連絡すると、安心したようでとても喜んでくれていた。
こうして、リリーは、リリー・フォン・プレスラリアとなり、私の妹になったのだ。
だが、まだ幼い彼女の生活の場所は基本は、プレスラリア子爵家だ。まだ、家族に馴染むこと、読み書き計算や礼節、立ち居振る舞いといった貴族として、そして、錬金術師になるにあたって必要な知識をしっかり学ばせるために、家庭教師をつけてもらって、勉強することになった。ああ、そうだ。まだ実家にいるお姉様に、魔力コントロールの方法を教えておいてもらった方がいいわね。伝えておかなくちゃ。
そして、侍女にはケイトが付いてくれるらしい。
私のアトリエの住居階は、女性階が埋まってしまっている。先々リリーとケイトがもし引っ越してきてもいいように、リリーが実家で過ごす間に、四階を増築することにした。彼女は、私の妹なので、広さは私の部屋と同じにするつもりだ。
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