第114話 リリーの秘密

 今日は、アトリエにリリーが遊びに来ている。

 彼女はもちろん、決められた勉強の時間があるのだけれど、もちろん五歳の子供に詰め込み教育をしている訳では無いので、お休みの日もあるし、半日は休憩という日もある。

 そして、そんな空き時間の中で、お母様と一緒に庭を見ながらおしゃべりしたり、お姉様に本を読んでもらったりと、家族にも馴染んできているらしい。


 そして、やっぱりまだ夜は怖い夢を見てしまうから、ひとりで寝るのは嫌だと言って、お父様、お母様、お姉様たちとかわるがわる一緒に寝てもらっているのだそうだ。まあ、実の両親にあんな酷いことをされたのだから、当たり前なのかもしれない。

 きっと、いっぱいいっぱい甘えて、いっぱい愛されてゆっくりと心の傷を癒していくのだろう。


 そして、きちんとお勉強をこなしたあとに、私のアトリエにもよくやって来るのだ。

 もちろんまだ幼いので、侍女のケイトを伴って、馬車でやってくる。

 ケイトに手伝ってもらって馬車をおりると、パタパタと駆け足で私を探す。

「デイジーおねえさま〜!」

 店の外から、元気な声がする。

「あら、リリー様。こんにちは」

「今日も元気がいいね!」

 オープン形式になっているパン工房から、ミィナとアリエルの挨拶の声が聞こえてくる。


「あっ、きょうのミィナのぱんも、おいしそうだわ!」

 子供の思考はコロコロ変わる。

 美味しそうなパンを見つけて、足が止まったようだ。


 そこで、私はリリーを捕まえて、彼女の頭を撫でる。

「いらっしゃい、リリー」

 リリーは、私を見上げるとくしゃりと嬉しそうに笑う。

「おねえさま、いたぁ〜!」

 リリーがぎゅうっと私に抱きついてくる。

「ちゃんとお勉強は済ませてきたの?」

 私が尋ねると、リリーがエッヘンと自慢げに胸を張る。

「わたし、こんしゅうのよみかきのときに、おねえさまにいただいた、『れんきんじゅつにゅうもん・じょう』をよめたんですよ!ね、ケイト?」

 連れ立ってリリーのそばに控えているケイトが、「はい、頑張りましたね」と頷いて、にっこり笑う。


 あれ?それは凄い。だってまだリリーは五歳の誕生日を迎えたばかりだ。

 普通の子だと、絵本を使って読み書きの勉強をしていてもおかしくないのになあ。

「デイジーおねえさまといっしょに『れんきんじゅつ』やりたくて、がんばったんだから!」

 そして、必殺の上目遣いをしてくる。うん、彼女の上目遣いオネダリは強力だ。

「ねえ、だからおねえさま。リリーは『ぽーしょん』っていう、おくすりをつくりたいわ!」

 そう言って私のワンピースをきゅっと握る。


「ははーん、それでアトリエに来たってわけね」

 ケイトに視線を向けると、「そうなんです」と苦笑いしながら頷いた。

 読み書きの教材も、私のお下がりの『錬金術入門』じゃなきゃ嫌だとごねたのだそうだ。

「じゃあ、一緒に『ポーション』を作りましょうか」

 小さな手をとって、手を繋いでまず畑へ行く。ケイトはその場に残るようだった。


「ここが畑よ。栄養たっぷりに育った材料が、いい『ポーション』になるのよ」

 そこには、イキイキとした葉を開いて、たっぷりのお日様を浴びる素材たちでいっぱいだった。

「はたけ!」

 繋いだ手を離すと、リリーは、わあ!とはしゃぎながら、畑に植わっている素材の元へ走っていく。

「ごほんにかいてあった、『いやしそう』と『まりょくそう』だわ!」

 リリーは、ポーションの材料である、癒し草と魔力草の前にしゃがみこむ。

「そうよ、よく覚えているわね」

 しゃがみこんでいるリリーを撫でてやる。


 すると、リリーは、畑で働く妖精さんをはっきり指さしながら言った。

「あれは、『ようせいさん』?えほんでよんだわ!」

『妖精さん』と言われて彼らもびっくりして作業の手を止める。

 すると、一人の妖精の男の子がリリーの元へやってきた。

「君は、僕達が見えるの?」

 そう言って、首を傾げながらリリーに手を差し出してきた。

「みえるわ。わたしはデイジーおねえさまのいもうとの、リリー。よろしくね」

 そして、妖精さんが差し出した手を、親指と人差し指でつまんで握手している。

「ちょっとちょっとデイジー!これはどういうこと?」

 いつもの精霊の女の子が私のそばに飛んできて、興奮気味に尋ねてくる。


 ……うーん。ちょっとごめんね、覗かせてね。

 そう思いながら、妖精さんたちと戯れるリリーを【鑑定】する。


【リリー・フォン・プレスラリア】

 子爵家三女(養女)

 体力:10/10

 魔力:150/150

 職業:なし

 スキル:錬金術(1/10)

 賞罰:なし

 ギフト:祝福された五感、技能神の加護

 称号:なし


 ……まさかのギフト持ちだった。

「驚いたかい?」

 聞き覚えのある優しげな男性の声に振り返ると、なんと緑の精霊王様が私の背後にいらっしゃっていた。

「久しぶりだね、デイジー」

 淡く光り輝くその神々しいお姿に、やはり私はため息をついてしまう。

「精霊王、さま……」


 精霊王様は、私をリリーのいる方に体を向かせると、私の背後に立って両肩にその手を添える。自然と、リリーが妖精さんたちと遊ぶ姿を、二人で見守る姿勢になる。

「洗礼式は、自分の庇護下に入る子供たちを神々も見守っていてね。リリーのことは、技師たち全てを庇護する技能神が見ていたんだ。それで、彼女が実の両親に受けた仕打ちに涙を流されてね。あんまりだと言って、加護を与えたんだよ。元々五感の良さは持っていたんだけどね」

 そう説明しながら、私の頭を優しく撫でる。


「君が必死に保護しようとしてくれたことを、技能神はとても感謝していたよ」

「……それは、何となく私の時と被ってしまって……見ていられなくて」

 精霊王様が頭を撫でる手が、少し下がって、私の緩く編んだ髪のその先をいじるように、くるくると指先に絡める。

「そうか、……やはりデイジーは優しいね」

 そう言うと、精霊王様は私の頭にそっとキスをする。

「君は君の思うままに自由に生きればいい。……私はそんな君を愛しているから」


 ……え?


 その言葉に、急に頬が紅潮してしまう。それを隠すように、私は自分の両頬を手のひらで抑えた。

 言葉の合間にまた頭に唇が触れる。髪の毛越しに精霊王様の吐息を感じる。

「……リリーを慈しんで、導いてあげてやって欲しい」


 ……え?え?私なんで赤くなっているの!なあに、これ!


「あれ?デイジーには刺激が強すぎたかな?」

 クスッと低く笑う声がすると、口付けを受けていた頭をぽふっと叩かれた。

「……リリーをよろしくね」

 そう言うと、頬を抑えている手の片側に背後から唇が触れて、背中に感じていた精霊王様の体温は消え去ってしまった。


「あれ?おねえさまどうしたの?」

 一人で立ち尽くして頬を押さえている私に気づいたリリーが、不思議そうに首を傾げていた。

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