第93話 賢者の塔

 私たちは一晩エルフの里に泊まらせてもらって、翌朝出発した。もちろんアリエルも一緒だ。彼女が騎乗するのは、ティリオンという名の大きな鷲。私たちの乗っている馬や聖獣よりやや上空を低空飛行して進む。


「ねえ、アリエルは、人間の世界での住まいとか決まってないのよね?」

 そう、私の王都の家には、女性用の三階が一部屋余っているのよね。

「うーん、そうですねえ。木の上とかで寝てもいいんですけど……」

 さくらんぼのような愛らしい唇に、人差し指を添え、とんでもないことを言い出す。

「ちょっと待って!それはダメ!あなたみたいな可愛い子がそんな所に夜いたら、不埒な輩が変なこと考え出すわ!」


「「「まあ、間違いなく返り討ちだろうけどな」」」


 私が慌てて止めると、他の三人が揃って怖いことを言う。

 なぜそんなことを言い出すのかと言うと、さっき街道にイビルボアの上位種デビルボア三頭が現れたのだが、彼女は一撃で三本の矢を射出し、デビルボアたちの眉間を全て撃ち抜いて倒してしまったからだ。


 アリエルの弓は特殊だ。

 ミスリルという、銀の輝きを持つが曇ることはなく、鋼のような強さを持つ金属からできている。そして、彼女の弓には物理的な矢は必要ない。一種の魔道具のような作りなのか、魔力が矢となるのだ。特に意識しなければ、ただの矢として機能するが、属性を意識すると、彼女の持っている聖属性や光属性、火属性の矢を生み出すことも出来る。


「ザルテンブルグの王都に戻ったら、私の家に一部屋空きがあるんだけれど、そこで私と従業員の子たちと一緒に住むって言うのはどうかしら?」

「……従業員?デイジー様は、なにか商いをなさっているのですか?」

 鷲の背に揺られながら、アリエルは首を傾けた。


 ……うーん、錬金術のアトリエはともかく、『パン工房』の方は、実物がないと想像つかないよね。


 私は、マジックバッグになっているポシェットから、ミィナが持たせてくれたパンを一個取り出した。ちなみにポシェットの中は時間経過止まっているから、できたて状態です(これどうしても不思議なのよね……)。

「錬金術のアトリエをやりながら、パン工房もやっているのよ。はい、どうぞ」

 と言って、パンを持った手を上に伸ばす。すると、上を飛んでいたアリエルが高度を下げてきて、パンを受け取る。ミィナ特製コーンパンだ。中にいっぱいマヨネーズと絡めたコーンが詰まっている。

「パンって、ぺったんこで不味いものじゃなかったっけ?」

 首を傾げながらも、パンを一口かじる。

「おーい、飛ばしながら食べるって、舌噛まないように気をつけろよ!」

 マルクが私たちのやり取りを呆れて注意する。アリエルの方が年上なのにまるでお兄さんだ。


「んむっ……美味しいですっ!」

 そして、見かけによらずすごい勢いではぐはぐとパンを食べ終えてしまった。どうやらマルクの心配は不要だったようね。


「デイジー様!私、デイジー様のアトリエに住まわせてください!パン工房のお手伝いもします!」

 そう言って、マヨネーズの油でちょっぴりつやつやになった唇も気にせず、アリエルは少し上の方を飛びながら、「パン〜パン〜パン工房〜♪」と謎の創作歌を歌っていた。


 ◆


 そんなのんびりとした旅を続けて、やっと到達した『賢者の塔』。

 塔は高く、見上げると首が痛くなりそう。そんな塔の先端は雲に隠れて見えなかった。

 辺りには一面賢者のハーブが生えている。問題なく採取を終えて、私はじっと塔を見上げていた。


 そしてその横で、マルクは言ってはいけない言葉をじっと黙って我慢していた。どう見てもデイジーが、『賢者の塔に登りたい』と言い出す寸前じゃないか!

 ……言ったらおしまいだ……!

『登ってみたいんだろ?』

 そうしたら、帰ってくる答えは『イエス』しかないだろ!


 古い石造りの賢者の塔は全部で五十階ある。5、10、15……と五階毎にボス級の魔獣や魔物が立ち塞がる構成になっている。そして、その昔大賢者グエンリールが住んでいたとも伝えられ、最上階にはその遺物があるに違いないという噂だ。『噂』に留まっているのは、35階以上は未踏破だから、真実は誰も知らないのだ。


「マルクさん、レティアさん。賢者の塔って、その名前の通り賢者が住んでいたんですか?」

『来たー!』

 マルクは予想しうる未来に頭を抱えた。

 そんなマルクに気を配るでもなく、レティアが普通に対応してしまう。

「ああ、全階踏破済みってわけじゃないから、噂だがな。大賢者グエンリールが住んでいたと言われているぞ」

『やめろォ!レティアァ!』

 マルクは心の中で叫ぶ。

「という事は、まだ大賢者の遺産が残っているかもしれないってコトですよね」

 にんまりと笑うアリエル。

『未踏破ってことには理由があるってことに気づけーーーー!』

「私実家が魔導師の家系なのよね……お父様やお兄様たちのお役に立つものがあるかもしれない……」

 ぽつりとデイジーが呟いた。

「デイジーが行きたいならあたしは付いてくぞ?」

 リィンまで、大した理由もなく同意しだす。

「「「「行こっか!」」」」

『終わった……』

 止める言葉を割り込ませる隙をみいだせなかった俺の敗北か。

 俺は腹を括った。というか諦めた。うん、やばかったら窓から飛び降りよう。

「うん、行こっか……」

 こうして、一行は賢者の塔の入口へ向かうのだった。

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