第92話 神々の思惑とエルフの里の歓待

 所変わってここは神々の住みたもう天上の神殿。三本の世界樹に支えられた天空に存在する島のような場所だ。そこに、神々は白亜の神殿を建て、側仕えをする使徒達と共に生きていた。

 その神々の島の中央に、一際大きく聳え立つ、父なる神、神々の中で最高位の創造神の神殿が建っている。その奥にある玉座に、その老年の姿を持つ神はゆったりと座っていた。

 そこで、デイジーを通して世界樹の異変とそれが何者かによる作為であることを知った緑の精霊王と土の精霊王が、その父なる創造神と対面していた。


「ほう、何者かが世界樹を枯れさせようとしているとな?」

 白いゆったりとしたローブに、白い髪と豊かな顎髭。それを弄りながら、彼、創造神は精霊王達に確かめた。

「はい、そのうち一本は私の愛し子の手によって、巣食ったものを取り出すことに成功しましたが、残り二本はまだ枯れゆこうとしております。ゆっくりとした変化ではありましょうが、一本でも枯れ果ててしまえば、天界の土地は崩れ、人やエルフ、魔族が住まう地上と、死人の住まう冥界との間にも穴が空いてしまうでしょう」


「……少し人の子の祝福を調整した方が良いかな。職業神を呼べ」

「はっ」

 創造神の側仕えである使徒が、職業神を呼びにその場を去る。

 職業神。その名の通り、あの洗礼式で人々に職業を与える役を持つ神である。

「創造神様がお呼びとお聞きしまして、参りました」

 現れたのは銀色のストレートの髪に、理知的な青い瞳を持った職業神たる男神である。彼は、胸に手を当てて立礼をする。

 そして、再び世界樹の異変についての説明が神々の間でなされた。


「……地上のことに神々が直接手出しをしすぎることは良くないでしょう。ですが、そうですね。『賢者』と『聖女』を与えた子の心が些か穢れてしまいましてね。職を取り上げるために『転職』の啓示を下ろそうかと思っていたところです。そして、善き心を持ち、努力を重ね、相応しき力を持つに至った『魔導師』の子供が丁度、件の『愛し子』の側におります。彼と、彼女に『賢者』と『聖女』の転職の啓示を下しましょう。きっと、人の子達の力になるでしょう」

 ニコリと笑ってそう提案する職業神の手の中には、手のひらサイズの水晶玉が握られている。そして、そこに映る『彼』と『彼女』は、デイジーのよく見知った人であった。


 ◆


 世界樹を救って、にわかに陽のエルフ達は喜びに活気づいていた。そして、次期女王であるアリエルが社会勉強を兼ねて、世界樹を救いに行く愛し子と一緒に旅をする!と大騒ぎだ。

「今夜は祭りだ!」

 と騒いでエルフ達が走り回っている。祭りのために狩りに出かけるものや、果物を採りに森へ行く女性たちがいる。そして、そんな中、私たちは主役なので当然引き止められている。今日は、エルフのお城でお泊まりさせていただけるらしい。


「世界樹さんは、枯葉がやっと落ちて、若芽が芽吹き出したわね。でもまだ痛々しいわ」

 大きく聳え立つ世界樹のまだ寒々しい姿に、悲しくなった。

 そんな私の横にはリーフがいて、寄り添ってくれている。

「そういえば、植物にポーションって効くのかしら?」

 ふっと思いついて呟いてみる。

「そうですね、デイジー様がお作りになったものに、さらにデイジー様の魔力を込めたら、『世界樹』も緑の眷属ですから、効果があるかもしれないですね」


 ……まあ、ダメもとでもやってみようかしら!


 うーん。世界樹さんは大きいから、範囲魔法の方がいいわよね。


 ポンっとハイポーションの瓶を三つほど開けた。まあ、高価な品と言っても、所詮私の畑にあるもので作ったものだ。景気良く行こう!

 そして、魔力で三本分の中身を水球の形に整えて私の魔力を込める。

『ポーションは限りなく細かい霧状にして……』

 私の手の内からポーション玉が上へ上へ登っていって、そして、霧状に変わる。


癒しの霧雨キュアミスト!」


 サアアア……と微かな音を立てて、枯れた世界樹の枝をポーションが濡らしていく。そして、幹を破って出てこようとする若芽にも。霧雨は上から注ぐ日の光を受けて、七色の虹を世界樹の上に作る。


「うわぁ、綺麗」

 そんなこぼれた私の声以外にも、その光景に気づいたエルフ達が、感嘆のため息を漏らす。

 だが、それで終わらなかった。

 急に若い緑色の芽が幹のあちこちから顔を出し、手のひらの形に開き、それがぐんぐんと大きくなる。虹をいただく世界樹は、若葉でいっぱいになったのだ!


「なんて美しい世界樹の姿だ!」

「おお、あそこにいらっしゃるのは愛し子様!……あれは愛し子様の御業か!」

「「「愛し子様万歳!」」」

 やりすぎた私は、駆け寄ってきた感激で興奮してしまったエルフ達に胴上げされてしまった!


 ……は、恥ずかしいわ!


 そんなこんなで胴上げされていると、私のお腹の上に、一本の世界樹の枝がゆっくりと降ってきた。


『僕の子供を貴女の庭に植えて欲しいな』

 枝からは、そんな声がした。

「じゃあ、一緒に私のお家に行こうね」

 そう言って、エルフの皆さんに下ろしてもらってから、枝をポシェットの中にしまった。


 その後、私は錬金術に使えそうな植物がないか、里の中を歩いて回った。


 ……癒し草、魔力草……、まあ、うちの畑にあるものと同じものばかりかしら?

 って!


【エルフの真珠草】

 分類:植物

 品質:高品質

 レア:A

 詳細:鈴蘭に似ているが毒性はない。花のエキスを抽出した水は、上質な化粧水になる。

 気持ち:お肌しっとり、良い香りのする化粧水になるよ!


 うんうん、こういうものはお母様やお姉様、ミィナやカチュアも喜びそうね!あとは……。


【エルフの癒し草】

 分類:植物

 品質:高品質

 レア:B

 詳細:製薬すれば、体力と魔力が同時に回復する(中程度)

 気持ち:癒し草のペアといえば?


 ……魔力草!


【エルフの魔力草】

 分類:植物

 品質:高品質

 レア:B

 詳細:製薬すれば、体力と魔力が同時に回復する(中程度)

 気持ち:魔力草のペアといえば?


 近くにいたエルフさんにお願いして、この三つの薬草を株分けして貰った!


 ◆


 そして、夜。

 里の広場の中央に大きな篝火が焚かれ、エルフ達が音楽を奏でる。椅子に腰かけたハープ奏者に胡座を組んだリュート奏者、そして、立ったままメロディに合わせて体を揺らすフルート奏者。その音色は美しい響きを奏であげる。空には、三日月が空を飾り、星々は瞬き、まるで新たに蘇った世界樹を祝うよう。

 新しい若葉たちを得た世界樹は、そよ風を受けてサラサラと若葉が音を立てる。


 エルフさん達が一生懸命用意してくれたのは、中に詰め物をした丸鶏のローストや丸ごと焼いたイノシシ肉、コケモモやベリー、ナッツ類など、森のめぐみも沢山供された。そして、大人には、蜂蜜酒ミードがグラスに注がれる。子供の私にはフルーツを搾ったジュースが代わりに提供された。


 楽士エルフ達が音楽を奏でる中、歌い手たちは世界樹に向けて復活の喜びの歌を捧げる。


 それは、とても、とても美しい夜だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る