第81話 肉とチーズとフライのコラボレーション

『料理図鑑』を読んでいると、この間作った『フレッシュチーズ』ではなく、『セミハードチーズ』というものが良く出てくることに気がついた。


 ……紅花の種もまだ残っているしなあ。


 うん。ミィナのレシピの幅も広がるに違いない!

「作りますか!」

 途中までは作り方は一緒だから思い出しながらやりましょう!


 紅花の種から成分を抽出する。

 すり鉢で種を潰して、それを少量の牛乳に浸す。種の成分が牛乳に出るまで、かき混ぜながら魔力を注ぐ。

 十分に種のエキスが牛乳に移ったら、布で搾って、エキス入り牛乳は置いておく。


 私たちが普段よく飲む牛乳は、暖かいところに三日も放置すると勝手にヨーグルトになるほど、『酸っぱくなるエキス』は入っているので、これは牛乳自身の力に頼って追加はしない。


 鍋に牛乳を入れて加熱器で温め、指先で触れられる温度(お風呂よりもだいぶぬるめ)に温めたものに、さっきの紅花のエキスが入った牛乳を足す。火を消して錬金発酵させると、牛乳がヨーグルトからプリンの間くらいの硬さに固まるので、包丁で関節の長さくらいの間隔で縦横鍋の底まで切る。

 少し待つと、液体部分が滲み出て来るので、火を弱火にして温める。ゆっくり底の方も攪拌し、再び温度をぬるいお湯程度にゆっくり上げていく。温度が上がったら、火を消して蓋をして二刻ほど放置する。

 二刻待つと、固形と液体に分かれているので、ザルで固形部分を集める。


 ここからが違うところよ!

 穴の空いた陶器に集めておいた固形部分を入れて、ぎゅっと上から押せるくらいの蓋には一回り小さい丸い板を用意する。今回は、私の掌よりもふた周り大きいくらいのサイズで挑戦する。

 そしてこのひと回り小さい蓋でぎゅっと上部を閉じたら、重石などでぎゅっと押し続ける。ここは教会の鐘五回分から半日くらい。そうすると中の水分がもっと抜けていくの。


 終わったら、今度は塩水につけて一日放置。


 ……まんまるチーズみたいに熱くて大変な作業はないけれど、かなり時間がかかるわね。


 そしてまた日の当たらない一日風通しの良い涼しい場所で乾燥させる。


 さて、ここからが錬金術師の出番!

 長期間自然に熟成させる分を、一気に錬金熟成で熟成させちゃうのだ!


 乾いた布を用意して、魔力を込めて熟成と内部の乾燥を促していく。そして時々かわいた布で拭ってあげていると、だんだん白かった表面が黄色味を帯びてくるの。

 熟成は自然に行っても最低一か月から四十八か月は必要だから、その分錬金熟成にも時間がかかる。暇を見つけて、チーズの上に手のひらを添えて魔力で熟成を促し、布で撫でてあげることを続けていると……。


 黄色味がかった固くて丸い(陶器の形)チーズの出来上がり!


「ミィナ〜!マーカス〜!新しいチーズができたわ!」

「「は〜い!今行きます!」」

 そう元気な返事がして、ミィナとマーカスが店舗から実験室へやってきた。

 みんなが揃ったので、ナイフで出来たてセミハードチーズをカットする。そして小指の先端くらいの大きさに切ったチーズを皿に乗せる。


「「「美味しい!」」」

 外の表皮の部分は硬すぎて食べられないが、そこを取り除いて口に含むと、塩味とナッツのようなコクが口の中に広がり、ねっとりと舌の上で溶ける。

「舌の上で溶けるということは、料理で加熱したら溶けるはず……!これ、今日のお夕飯に使いましょう!」

 ミィナの感性になにか響くものがあったようだ。


 その日の夜、私とマーカスはメイン料理を、一口食べて大興奮した。

 チーズを棒切れサイズに切ったものを、薄く切った鶏胸肉でくるりと巻いて、その上から保存食であるハムを巻いたもののフライだったのだ!

「アッツアツの出来たてでどうぞ!チーズがとろけて出てきますよ!」

 ミィナが出来たての熱々のものを用意してくれていた。

「うわ、中のチーズがとろけてる!」

 マーカスがとろっとろのチーズに夢中になっている。

「ハムを足したのは正解ね、ミィナ。もう、このまんまで美味しいわ!」

 そう言って絶賛して、みんなではふはふしながら新作を楽しんだのだった。


 ◆


 ここは緑の精霊の住む領域。

 明るい陽光に照らされて、若葉が萌える常春の世界だ。一面緑の中、妖精たちが気ままに空を舞い、精霊が木々と対話している。

 そこで、緑の精霊王が、柔らかい若葉の上に腰を下ろし、少し深さのある皿の上、そこに水を満たし蓮の花が一輪浮かぶ水鏡をとおして、美味しそうにアツアツのチーズフライを食べている、そのデイジーの笑顔を見守っていた。子供たちが仲良く美味しい食事を楽しんでいる姿は心が和む。

「うん、今日も元気そうだ。美味しいものを食べて幸せそうだね」

 そこへ、土の精霊王がやってきた。

「おいおい、また見てるのか。ほんっとお前は自分の愛し子が好きだなあ」

 水鏡の傍らに侍る緑の精霊王の横に来て、立ったままの彼も腰を曲げて水鏡を覗く。

「おーおー、美味しそうに食べてるねえ。ま、あんな笑顔が見られるんじゃ、覗きたくもなるか」

 初めは呆れていた土の精霊王も、一緒になって覗いている。愛らしい子供たちの姿に、その口元には微笑ましげな笑みが浮かんでいた。


 ……精霊界も、平和である。

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