第80話 マヨネーズと揚げ物の禁断のマリアージュ
「ねえねえミィナ。この生肉のタルタルに添えてあるソース、美味しそうじゃない?」
それは、綺麗に整形された生肉の横に、こんもりと添えられていた。
「マヨネーズ、ですか」
ミィナが私が開いている料理本を覗き込む。
「マヨネーズ島で作られているものを持ち帰ったから、その島の名前をとってマヨネーズなんですね」
なになに……と、ミィナが材料をチェックし始めた。
「主な材料は卵黄、塩、酢、植物油……。油と酢で、どうしたらこのような状態になるのか理解が出来ませんね……」
「作ってみましょうよ!」
私は、最近買った泡立て器(細い木の枝を束ねてまとめたもの)をミィナに差し出す。
「泡立てるのにフォークだと大変だと思って、買っておいたのよ!」
そう言って、泡立て器をミィナに手渡した。
「まあ、主人が食べたいというものを作るのも私の務めですからね……ボウルを出してっと……」
ミィナはボウルの中に卵を割り入れて、塩と酢を入れる。そして綺麗にそれをかき混ぜた。
「……そうしたら、分離しないように少しづつ油を入れます、と……」
少しずつ油を混ぜて行くと、卵液の色は濃い黄色からだんだん白みがかってきて淡い黄色いもったりとしたソースになった。
鑑定さんで見てみると、数日経たないと食中毒を起こすようなので、素直に待つことにした。
◆
そして数日後、スプーンに掬って、二人でマヨネーズの味見をしてみる。
「「美味しい!」」
「これかけたら、子供はこのソース目当てに苦手な温野菜も食べられちゃうレベルじゃないですか?」
ミィナが、長いしっぽの先をくるくるくねくねさせながら言っている。きっとかなり気に入ったのだろう。
「うーん、男性のお客さんが期待している『ガッツリしたもの』にこれがソースとして乗っていたらもっと喜ばないかしら?」
いや、私には具体的な構想はないのだが、体力勝負で仕事をする男性だと、こってりとしたものに、さらにこってりしたソースを乗せるというのも受けそうな気がしたのだ。
と、そんな時に厨房のテーブルにある瓶の中に、パン粉が入っているのを見つけた。
「ねえ、今日の夕食のメイン食材ってなあに?」
「クレイジーチキンのソテーにしようと思っています」
ミィナがそう答えたので、パン粉をもって冷蔵庫を覗き込んだ。確かに中にはクレイジーチキンのむね肉が入っている。
【パン粉】
分類:食品
品質:普通
レア:普通
詳細:乾燥したパンを細かくしたもの。肉や魚にまぶして揚げると絶品。
気持ち:小麦粉と溶き卵をそのむね肉にまぶしてから僕をつけて、揚げてみて!絶品だよ!
……絶品なのかぁ……食べたいわ!
「ねえ、ミィナ。このお肉を植物油で揚げ物にしたいんだけれど、お願いできるかしら?」
「……肉を植物油で揚げる、ですか?」
ミィナは、よく分からないと言った顔で首を傾げた。
「失敗しちゃったら、ちゃんとお肉はまた買ってもいいから!ね、お願い!」
そう言って、私はミィナにパンッと両手で拝んでお願いする。
「まあ、デイジー様の勘って意外と上手く行きますからね……やってみましょうか!でも、今度は植物油で揚げたいだなんて。植物油は高級品なのに贅沢なことをおっしゃいますね」
……いや、勘じゃないんだけど……都合がいいからそういうことにしておきましょう。そして、植物油で作りたいなんて贅沢だということも認めましょう。私は鑑定さんが勧める美味しい揚げ物を食べてみたいのよ!
実は私たちの世界にはラードとか動物性の油で揚げ焼きにする料理はあるんだけれど、植物油たっぷりで揚げるのはあまりしないのだ。
そして、むね肉の加工方法を鑑定のオススメ?どおりに伝えた。
ミィナは、揚げ油をフライパンに入れて用意し、火にかける。そして、むね肉を薄めに切ったものを縮み防止のために包丁の峰でしっかり叩いてから塩コショウで味をつけて、小麦粉をまぶしてから溶き卵を絡めて、最後にパン粉をまぶした。
「デイジー様の言う通りにしたら、いっぱいパン粉がつきましたね!じゃあ……油も温まったようですし、揚げてみましょう!」
ミィナがお肉をフライパンに投入すると、パン粉の衣をまとった肉がじゅううっと泡がたってしばらくすると衣がきつね色に変わる。
「ん、いい感じですね。食べたらどんな感じなんでしょう!」
ミィナがトングでそれを掴むと、「サクリ」と軽い音がする。そして、贅沢に植物油を使って揚がったパン粉からは香ばしい香りがする。
「油が結構ついちゃってますね……どうしましょう」
「ザルで切れないかしら?あ、でもこれ木製だから油が染み込んじゃうかも……」
調理器具の中からボウルとザルを持ってきたものの、木製じゃダメかしら?と思ったのだ。
「揚げ物専用にしましょうか。デイジー様、トングも含めて後で新しいものを買わせてくださいね」
よくよくミィナの手元を見ると、トングも木製だった。私は、了承の意味で頷いた。
「……さて、試食してみましょうか」
ミィナがまな板の上で油を切った揚げ物を三等分する。そして、小さな皿三つに揚げ物とマヨネーズを添えた。
「マーカス〜!手が空いてたら来て、試食よ!」
私は店番をしているマーカスに声をかける。
「今行きます!」
急いでやってきたマーカスが試食に加わる。
「「「いただきます!」」」
一口大のクレイジーチキンのむね肉の半分をまずはそのままで食べてみる。
「あふっ……!」
……あっつい!
気をつけないと口の中を火傷しそうだ。
でも、周りの衣のサクサクとした歯ごたえは軽快だし、衣の一番内側の層はおそらく肉汁を吸ったのだろう、塩気と鶏の旨みがたまらない。そして、肝心のお肉も柔らかくしっとりしていて美味しいのだ。
そして、残りの一口にはマヨネーズをつける。
「美味し〜い」
さっぱりしたむね肉に、塩気としっかりとコクのある旨味、そして爽やかな酸味が加わってとても美味しい!
「マヨネーズには、みじん切りにしたピクルスを加えても良さそうですねえ……もうちょっと色々考えてみます!」
ミィナは、最初は半信半疑だった揚げ物にも満足したようで、創作意欲が湧いたようだった。
ちなみに、ミィナ考案のピクルス入りのものは、さらにゆで卵のみじん切りも加わって完成した。そして、生肉の『タルタルステーキ』に添えられていたソースから考えたから、『タルタルソース』と名付けた。
◆
次の日。
『影』と『鳥』は、今日も冒険者を装ってアトリエ・デイジーにやってきた。そして、今日の新作であるという、『むね肉のフライのタルタルソースがけ』が挟まった、ふんわりパンにかぶりついていた。
「『影』……!」
「『鳥』……!」
彼らは小声で確認し、頷き合う。
そして、彼らはミィナにお土産用を追加注文して品物を受け取ると裏路地へ隠れる。辺りを確認すると、『鳥』は城へと転移して行った。
「……我が国は今日も平和だな」
残された『影』と呼ばれる男はそう呟く。自分たちが別の任務に駆り出されないということ、それは今この国が平和ということだ。そうである今日という日に、神への感謝を込めて目を瞑るのだった。
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