第78話 一大産業の始動

 日は経過して、今日は国王陛下への報告の日だ。

 国側は、国王陛下と宰相閣下と財務卿の三名。

 報告者側は、私とオリバーさんとカチュア。アナさんにも来てもらった。そして足元には私の護衛の子犬姿のリーフが伏せをしていい子にしている。


「本日は、お時間を頂戴し有難く存じます。輸入してしまった『白粉』の代替品について目処がたちましたので、本日はそちらについてご説明させていただきます」

 まずは、今日の目的をオリバーさんが説明する。


「おお、あれに代わるものが出来たか!」

 国王陛下も宰相閣下もほっとした表情で喜色をうかべる。

 すると、オリバーさんが白ベースに青色の花々を描いた小さな陶器に入れた、『新しい白粉』をテーブルの上にだして、皆に披露する。

「こちらは、我が国の北部の鉱山で採れる絹雲母を粉状にしたものをベースにし、『亜鉛華』という亜鉛という金属を焼成して作った粉を混ぜた新製品です。どちらの素材も、毒性はありませんし、私どものギルドの職員にて肌に悪影響がないことも確認済みです。なお、添加しました『亜鉛華』には、日焼けを予防する効果がございますので、より美容効果が高いとして売り込むことが可能です」

 オリバーさんが、『新しい白粉』の説明を丁寧にしていく。


「ほう、ならば、美容や新しいものに目のない女性たちは、こちらに飛びつくだろう!」

 既に流通してしまったものから、女性の心を離せるかを懸念していた宰相閣下は安心した表情を浮かべる。

「はい、既に売ってしまった輸入物の『白粉』も、この新しく美容効果のある『新しい白粉』と無償交換させていただくと広く宣伝して、我がカチュア商会で責任をもって回収したいと思います」

 うむ、と宰相閣下が満足気に頷く。

「その周知に関しては、国としても協力しよう」

 そう言う国王陛下も満足気だ。


「絹雲母と亜鉛が取れる鉱山の鉱夫を増やさねばなりませんな。そしてそこからの税収の増加が期待できます。これは早急に対応せねば」

 財務卿はやはり立場的にお金のことが気になるようだ。

「陛下、生活に困窮している『鉱夫』の職業持ちを集めるだけでは足らなくなる可能性があります。生活困窮者を中心に、『職業に関する特例措置』について教会と調整する必要がありますな」

 国王陛下と宰相閣下と財務卿が顔を見合わせて頷いた。


『職業に関する特例措置』。それは、洗礼式で与えられた『職業』を神の思し召しであることから絶対のものとみなす教会に対して、他の職業に就くことを認めさせる措置である。通常であれば、神はその国に必要な人数の職業を人々に与えていくが、新たに国に産業が起こった場合は、神の分配人数では間に合わないといった事態が起きる。今回の件もそうだし、新しく農地開拓するような場合がそれにあたる。そういった場合は、『特例』として、教会の許可の元その措置が行われるのだ。その場合、洗礼式で与えられた『職業証明書』には、『特例として鉱夫の職に就くことを認める』などという注釈事項が追記される。


「もう一点ご報告したいことがございます。デイジー嬢が、この『新しい白粉』を探す中で、新たな薬剤を発見されました。これがその品で、『亜鉛華澱粉』という、湿疹や汗疹といった皮膚疾患に散布して効果のある、ポーションなどと比較しますと非常に安く提供出来る品でございます」

 ほう、とちょっぴりふっくらした体型の財務卿が興味を持ったようで、オリバーさんが差し出した亜鉛華澱粉入りの箱を手に取って眺めている。


「こちらは、亜鉛華と、じゃがいもから取れる『澱粉』という粉を半々で混ぜたものになります。成分の半分はじゃがいもが原料のため、ポーションが一千リーレするのに対して、こちらはたっぷりの量を販売したとしても二百~三百リーレで提供できます」

 その安さに、財務卿が「それは安い!」と反応する。


「陛下、じゃがいもも既に我が国では食料とするのに足る量しか生産しておりません。開拓民を募って農地を開拓する必要がありそうですな。農民が不足するようであれば、こちらも『特例』の調整が必要かと」

 宰相閣下が国のじゃがいもの生産状況を陛下にご説明している。


「その、澱粉とやらの生産はどうやるのだ?簡単に出来るものなのか?」

 亜鉛華澱粉に興味津々の財務卿が質問してくる。

「これは、じゃがいもをすり下ろしたものを布巾に包んで、よく揉み出すことで採取できます。新たにじゃがいも農家となる農民の副業としてお認めになれば、農民たちもただじゃがいもを生産するだけよりも、付加価値のある『澱粉』をカチュア商会に売ることで、収入が増え、その結果税収も増えるでしょう」

 ミィナが作ってくれたのを見ていた私が、説明した。


「……私の汗疹も治り、税収が増える……素晴らしい」

 ボソリと財務卿が漏らす。


 ……汗疹で悩んでたんだ……。思わずじっと財務卿を見てしまった。


「では、農地開拓については、国の領地のうち未開拓の土地で行うとしよう。開拓事業を担う貴族を募れ。開拓の結果次第によっては陞爵の上、その土地を領地として与えることにすれば、希望者も出てくるし、成果を出そうと励むであろう。それと、鉱山については亜鉛と絹雲母の増産を指示せよ。また、教会との調整も急ぎ手配せよ。宰相、そなたにこの件の取りまとめ役を命じる」

 国王陛下が国で取り仕切るべき事柄をまとめて、それを宰相閣下に命じられた。

 そして、国を上げての原材料の増産が始まれば、カチュア商会の出番だ。


 こうして、国をあげての一大事業が始動し、『白粉』騒動は収束に向けて動き出す。

 私とアナさんは、新製品の開発の権利金をカチュア商会から貰い、権利を買い取ったカチュア商会が『新しい白粉』と『亜鉛華澱粉』の生産をてがけていく。


 先の話になるが、カチュア商会は、まずは安全な白粉との無償交換にあたって非常に誠実な対応を行い、商会としての信頼を取り戻していく。やがて、この騒動をきっかけとして、女性向けの安全な化粧品開発が我が国を代表する一大産業になり、それに力を注いだことを評価されてカチュア商会は大商会へと成長していく。そして、鉛や水銀製の白粉の輸入元の国も、安全なカチュア商会の白粉を輸入するようになり、次第に被害は減っていくのであった。

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