第62話 私の【鑑定】はオプション付き!

 アナさんは、「師匠なんて呼ぶのはなしだよ!」と条件をつけて笑いながら、それでも私にアナさんの得意分野を教えてくれることになった。

 食事会の翌日、店の落ち着く夕方になってからマーカスがアナさんに呼び出され、荷車に乗せて錬金術の古い本を何冊かと、錬金釜などの道具を持ち帰って来て、まだスペースに余裕のある作業場にそれらを並べてくれた。


 その日の夜の事だった。眠ろうと思って、ベッドに腰を下ろし、上掛けをかけようとしていた時のことだ。私の部屋が緑色の光に照らされた。

「久しぶり、デイジー」

 私と一緒に眠ろうと、上掛けの中に潜っていたリーフがゴソゴソ出てきて、ピシッとおすわりの姿勢になる。そこにいらっしゃったのは、緑の精霊王様だったからだ。

「良い師匠にめぐりあえたようだね、デイジー」

 そう言って、優しく私の頬を手のひらで撫でてくださる。私はその手の感触が心地よく、しばし目を細める。

「はい。アナスタシアさんという方に、まずは金属の調合を学ぶことになりました」

 ゆっくりとまぶたを開けると、愛おしげに精霊王様が私を見下ろしている。


「君の人生のひとつの節目に、私から祝福として贈り物をしよう。デイジー、両手を出して」

 促されるままに私は両方の手のひらを差し出す。

 精霊王様の手から私の手に乗せられたのは、優しい光を放つ丸い玉が三つ。

「それから、これからの君の役に立つように、【鑑定】の力を少し改良してあげよう」

 そう言って私のまぶたを精霊王様の大きな手が覆う。

「ではね」

 そう言って、精霊王様は消えてしまった。


なにかしら、これ。

私は【鑑定】を使ってみる……と、あれれれ。


【精霊王の守護石】

 分類:宝石・材料

 品質:最高級

 詳細:あらゆる守護の力を秘めた宝石。そのままでは力は発揮できない。金属に混ぜると耐腐食性が向上する。

 気持ち:金属と混ざって、アクセサリーになりたいな。


 ……え?物の気持ちって何!

 私の【鑑定】スキルにおかしなオプションがついた。


 ◆


「……アナさん、居ますか?」

 次の日、私はアナさんのお店に顔を出した。

「おやおや、デイジーから来てくれるなんて珍しいね。何かあったのかい?」

 店の奥から、接客カウンターまで顔を出してくれた。


 ……何かあったかって、そりゃありましたよ。


「ちょっと、多分貴重なものを手に入れてしまって……使い方を相談したいんです」

 アナさんは、うんうん、と頷くと「じゃあ奥に行こうかね」と言って、私を店の奥にある休憩部屋に案内してくれた。

「これなんですけど……」

 そう言って私は『精霊王の守護石』をポシェットから取り出してアナさんに見せた。

「おやまあ。初めて見る宝石だけれど、実に優しい、だけど強いオーラを持った品だね」


「その宝石は、『精霊王の守護石』といって、かなり凄い守護の力を秘めているらしいんですけど、そのままじゃ力は発揮できないそうです。しかも、金属と混ざってアクセサリーになりたがっているようで……」

 そこまで私が説明したところで、アナさんが理解が追いつかないと言った様子で私の言葉を止めた。


「いやいや、待ちなさいデイジー。あなたは何故この宝石の名前と性質を理解していて、しかも、アクセサリーになりたがっているなんて気持ちでもわかっているような物言いをするんだい?」


 ……あ、しまった。アナさんに【鑑定】持っていること説明していなかった。


 流石に、師匠にあたる人に教えを乞うのに、私の持っている能力は説明しておく必要があるわよね。そのため、私は【鑑定】のスキルを持っていることと、おまけで物の気持ちまで見えるようになったのだということを説明した。


「【鑑定】ってそれだけでも国に仕えることができるようなスキルだし、持っている者は国内でも片手の指が余る程度だろう。挙句に、『錬金術師』で【鑑定】を持っているなんてとんでもない逸材じゃないか!しかも、気持ちとやらで、素材がどう加工されたがってるかがわかるなんて……いやいや、これはたまげたよ」

 あまりに驚きすぎたようで、水を飲みたいと言って、水差しとコップを持ってきて、水を注いで一口飲んだ。


「こりゃあいい、『あの子』と組ませたら面白いものを作ってくれそうだ」

 なにかブツブツ言っているけれど、『あの子』って誰の事かしら?


「……アナさん?」

 私はそっとアナさんに声をかけてみる。

「いや、すまないね。こっちのことだから気にしないでいいよ。ところで、その宝石の気持ちとやらは、見ると必ず同じことを言っているのかい?」

「いえ、そこまではまだ分かりません」

「じゃあちょっと試してみるかねえ」

 フーム、と呟くと、「ちょっとこっちおいで」と、作業場まで誘導された。


 アナさんは、足元にある戸棚の鍵を開けて、ゴトゴトといくつか金属のインゴットを取り出して並べた。

「ダメ元だけど、金属に近づけたら気持ちとやらのメッセージが変わるんじゃないかな、と思ってね。見てもらえるかい?なんて言うかね、私の場合は相性のいいもの同士を近づけると、オーラが強くなるとかって感じで見えるんだけどね。デイジーの【鑑定】だったらもっとよくわかるんじゃないかと思ってさ」


 ……【鑑定】以外にもわかる才能を持った人っているんだ。凄いなあ。


「まずは金だね」

「これもいいけど、コレジャナイ感がある……と言っています」

 ……コレジャナイ感って何。


「ふむ。いけそうだね。じゃあ、次は銀」

「私を優しく抱きしめてくれる気がする。好き♡……だそうです」

 ……いや、恋する乙女なの!?


「おや、だいぶ相性が良さそうだね。じゃあ次は白金」

「クールビューティーって好みじゃない」

 ……好みの問題なの?


「おや、好みじゃないのかい」

 アナさんは、なんだか吹っ切れたように、『気持ち』とやらを受け入れてしまったようだ。順応性が高いなあ。


「じゃあ次は装飾品用の金属じゃないけど……鉄」

「ありえないわっ!」


「ミスリル」

「だから私はアクセサリーになりたいのっ!」


「アダマンタイト」

「違うってばー!」


「オリハルコン」

「……私を何にしようとしているの?(涙)」

 ……宝石を泣かせてしまった……。


「ふむ、守護系の石だから、破魔の守りの力がある銀が相性がいいのかねえ」

 一通り確認して、この宝石と銀を混合させることに決まったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る