第52話 石化解除薬を作ろう②

 オリバーさんに自宅に来ていただいてから、一週間ほど。

 手元になかった磁鉄鉱、石化液の袋、そしてワイヤーが届いた。中でも石化液の袋は、仮にその膜が破れでもすれば中身の毒物がこぼれ出て大変なことになってしまう。そのためか、瓶に入れられた上に緩衝材として綿でくるんだ上にさらに布で、と厳重に梱包されていた。


 ……これはやっぱり手で触っちゃいけないものだよね。


 石化解除薬を作ろうとして、自分が手を石化させたなんて、笑い話にもならないわ。

 触らないで済む方法、ねえ。

 うーん、と腕を組んでしばらく考え込んだ。と、不意に『アレ』に思い至った。


「毛抜きだわ!」

 私は思わず口に出して叫んで、ぽんと手を叩く。

 そうだ、お父様やお母様が身なりを整える時に使ってるアレだ!

 あれならば、毛抜きの先で摘んで作業ができるから、丁度いいじゃない!

 毛抜きが欲しいわ!


「……お嬢様、毛抜きがどうかしましたか?」

 そんな時、たまたま通りかかったケイトが、いきなり『毛抜き!』と居間で叫ぶ私に声をかけてくれた。ただし、表情は若干引き気味だ。そう、残念な令嬢の突然の奇行を見てしまった、その微妙な表情。


「実験をするのに、絶対に手で触れないものがあるの。毛抜きだったら直接触らず摘んで作業ができるから、欲しいなと思って」

 子爵令嬢なのに『毛抜き!』と叫んだ私自身をちょっと恥ずかしく思いながらも、ケイトに余っている毛抜きがないか尋ねてみた。


「倉庫に予備の品があると思います。奥様に、お嬢様にお渡しする許可を頂いてから、持ってまいりますね。少々お待ちください」

 理由を説明すると、納得がいったのか、ケイトはすぐにお母様の許可を得るために廊下へと歩いていった。


 ケイトは暫くしてから毛抜きを持って私の元に戻ってきた。

「奥様から言伝です。屋敷内と言えど、突然『毛抜き!』などとはしたなく叫ばないように、とのことです」そう言って、お母様からのお叱りの言葉と共に毛抜きを渡してくれたのだった。


「黙っていてくれればいいのに……」

 私は、届いた荷物の箱に毛抜きを入れ、箱を両手で抱えながらしょんぼりと肩を落として実験室へとぼとぼと歩いていったのだった。


 ◆


 実験室に向かう途中、今日は赤い花のマンドラゴラさんに根っこをくれるようにお願いした。彼女?はポキリ、ポキリと数本根を折って、にっこり笑って葉っぱの手で根っこを手渡してくれる。マンドラゴラさんって個体によって性格が違うのかしら。青いお花さんとはだいぶ違う。

 青いお花さんは男の子で、赤いお花さんは女の子なのかな、なんて夢想しながら実験室へ向かう。


 そして、屋敷の離れの実験室に入る。『この実験室にお世話になるのもあと一年とちょっとなのかあ』としんみりしながら、荷物を床に下ろして椅子に座る。

 蒸留水は、いつものようにマーカスが準備してくれていた。


『さあ、実験を始めましょう!』

 私は自分に気合いを入れようと、自分で自分の両頬をペちんと叩いた。


 まずは、ワイヤーからコイルを作る。お手本は、『錬金術教本』。そこに、コイルの形が描かれている。

 まずはワイヤの真ん中辺りにくるくるの部分を作る。……って、作ってみようと曲げるんだけど、くるくるというよりぐにゃぐにゃになった。

 もう少し頑張ってみると、くるくるにはなるんだけれども、なんだかくるくるの大きさがまちまちになってしまう。


 うーん。指ぐらいの太さに均一にくるくるにしたいんだけど……。

 じっと私の指を見る。

 あ、そうか。


 私は、一度手ぶらで実験室を出た。

 そして、庭師のダンを探して、庭を探す。もう季節は秋もすぎて、庭はすっかり寂しい風景になっている。そんな中、ダンは枯葉の掃き掃除をしていた。

 ちなみに私の畑だけは、妖精の園状態のためか、一年を通して春のように若葉が生き生きとしているのだけれど。


「ダン、おつかれさま」

 私が声をかけると、ダンは箒を動かす手を止めて、ぺこりと挨拶をしてくれる。

「これはお嬢様。こんな寂しい庭でお散歩ですか?」

 そういうダンの周りには落ち葉が地面に模様を描くだけだ。


「私の親指の太さくらいの、真っ直ぐな枯れ枝って落ちていなかったかしら。もしあれば欲しいのだけれど」

 そう言って、私は自分の親指をダンに差し出す。


「そうですねえ、こっちに掃いたものを山にしたものがありますから、少し待っていてくださいね」

 そう言って、枯葉や枯れ枝の山の中からゴソゴソと、私の要望に合いそうなものを探してくれる。


「これなんかどうでしょう」

 ダンが差し出してくれたのはダンの指くらいの長さの、真っ直ぐですべすべとした折れた枝だった。邪魔になりそうな節の部分も丁度ない。

「うん、こんな感じよ!ダン、ありがとう!」

 私は目的のものを手に入れて、その喜びに大きく笑ってダンにお礼を言うと、実験室へ戻ったのだった。


 実験室に入って椅子に座ると、私は枝とワイヤーを手元に準備する。

 そして、枝にくるくるとワイヤーを巻き付けていった。うん、やっぱり、綺麗なくるくるになるわ!

 そして、十分にくるくるの部分を形作ったら、枝を引き抜く。

 あとは、ビーカーの中に入るように、くるくるのコイルの部分が上に来るようにして、ワイヤーを四角くコの字型にしたら完成。


 これでやっと、実験を始める準備が整った!

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