第53話 石化解除薬を作ろう③

 コイルが完成したので、私は実験を再開することにした。


 まずは、マンドラゴラの根をみじん切りにして、大きめのビーカーの中に入れた蒸留水に入れる。

 そして、強力解毒ポーションを作った時の要領で、魔道具の加熱器で水を沸騰させて、十分に根からエキスを出す。


【マンドラゴラのエキス】

 分類:薬品のもと

 品質:高品質

 詳細:成分は十分抽出されている。


 氷魔法を使ってボウルに氷水を出し、ビーカーをしっかり冷やす。


 さて、これに石化液の袋とコイルを入れるんだけれど……。

 魔力注ぐのに失敗して爆発したら、私は大変なことになるよね。

 なんて言うか、ガラスの強度じゃ怖い。


 まず、ビーカーより一回り大きい、金物のバケツの中にビーカーを入れてみた。

 そして、マンドラゴラのエキスの中に石化液の袋を毛抜きでそっと入れると、袋が溶けて、マンドラゴラのエキスと石化液が混ざりあった。


【石化解除薬???】

 分類:薬品というより毒物

 品質:低品質ーーー

 詳細:薬の作成に必要な原料が混じりあっているだけの液体。触るな危険!


 これから反応させるなら、蓋がないと怖いなあと思って、実験室という名の元離れ兼物置小屋の隅っこに積まれている雑多なものを漁った。

 すると、綺麗に半分に割れた小さな木の入れ物の蓋が見つかった。蓋はしっかりと硬い木で出来ていて、厚みも充分にあった。サイズも、バケツの上部を塞ぎきるのに丁度よい。


 割れた部分でコイルのくるくるとした部分が顔を出すようにして挟み込み、蓋の下のワイヤーのコの字型にかたどったふたつの先端部分をぽちゃんとエキスの中に入れながら、割れた木の蓋で封をした。


 念のために持ってきた布の手袋をはめてから、磁鉄鉱を手に取ってコイルの片側から近づけたり遠ざけたりしてみる。こうすることで、ワイヤーの中に『目に見えない何か』が流れるはずなのだ。

 私は、磁鉄鉱の『引き寄せる力』を魔力でゆっくり増幅させながら、その作業をそーっとそーっと続けてみた。


 ……正直、すごく怖い。心臓の鼓動がバクバクしてうるさい。


 爆発する気配はなかったので、蓋を開けてそっと中を覗く。


【石化解除薬?】

 分類:薬品を含む毒物

 品質:低品質ーー

 詳細:原料の物質が少し反応を起こし、僅かながら薬の成分に変化している。でもまだ触るな危険!


「……あ、少し出来てる」

 私の胸がほうっと安堵感で満たされる。正直、怖くて怖くて仕方がなかったのだ。

 まずは、『安全に』を優先して、ゆっくり慎重にやろう。だって、ちゃんと物質の反応はできているんだから大丈夫だもの!


 私はその日、午後いっぱいを、磁鉄鉱に魔力を注ぎながら動かす作業に費やした。

 そして、実験室の入口のドアの隙間から、オレンジ色の光が差し込む頃、私はもう回数も忘れてしまうほど行った確認作業をした。


【石化解除薬】

 分類:薬品

 品質:高品質

 詳細:石化を解除する効果がある。石化した部分に満遍なく塗布すること。


「できたぁぁ!」

 私は、その場で両手でバンザイする。そして、くてっとおんぼろな天井を仰ぎ見る。

「……怖、かったー」

 しばらくそのままぼーっとしていると、ふっと思った。

「私が危険な思いをする分、料金上乗せすればよかった。契約金決める見積もりって、もっとちゃんと考えなくちゃいけなかったんだなぁ」


 ふう、とため息をついてから、姿勢を正して出来上がった薬を布で濾して、大きめの瓶の中に詰めて栓をした。


「さあ、オリバーさんとお嬢さんをお呼びしなきゃ!」

 実験室の片付けをして、私は出来上がった大切な薬瓶を両手で抱き抱えて屋敷に帰った。


 その日のお夕飯の後、私はお父様に手ほどきを受けながら、自分の手で、オリバーさんとお嬢さんをお招きする手紙をしたためたのだった。


 ◆


 三日後、オリバーさんとお嬢さんのカチュアさんは、我が家へ馬車でやってきた。

「本日は、娘の足を治療する薬を完成させてくださったそうで……!」

 父親であるオリバーさんは、既に感無量といった感じだ。ちょっと気が早いんじゃないだろうか。


 そして、カチュアさんはオリバーさんに両手を取ってもらい、馬車の階段を降りるのを支えてもらいながら、ゆっくり降りてくる。彼女は地上まで降りてくると、使用人から杖を受け取る。左足首以下が動かない不自由さを杖で補いながら、オリバーさんの隣に並んだ。


「カチュアと申します。私の足の治療のために薬を調合してくださったとか。本日はよろしくお願い致します」

 そう言って頭を下げると、ツインテールにした水色の髪がサラリと肩を滑り降ちる。身長は私より頭半分高く、スレンダーな体型をしている。気の強そうな少しキツめの目つきの少女だ。


 ゆっくりとした足取りのカチュアに歩調をあわせて、私とケイトのふたりで狭い方の客間へと案内した。そちらの客間には、一人がけ用のソファの前に、治療用の薬瓶と、タライやタオルを用意してある。そこにカチュアさんに腰かけてもらった。

 ちなみに、女性のカチュアさんには靴下を脱いでもらうので、父親とはいえ男性がいるのもどうかと思い、オリバーさんには別の客間で待っていてもらうことにする。その案内は、エリーに頼んである。


「カチュア様、左の靴と靴下をお脱がせしますね」

 そう言って、ケイトが床に屈んで靴を脱がせ、見た目にも繊細な靴下をスルスルと脱がす。そして、用意しておいたタライの中に足をおさめる。

 さすがに貴族の子女の私が、治療のためとはいえ平民の少女の足に触れるのは体裁が悪いので、ケイトに手伝ってもらうことにしたのだ。


「カチュアさん、今から少しずつお薬を馴染ませていくので、痛いとか何か嫌な感じがあったら言ってくださいね」

 私がそう伝えると、カチュアさんは、期待からなのか不安からなのか、胸の前で拳をぎゅっと握りしめながら、こくんと頷いた。


 私がお願いすると、ケイトが薬瓶の蓋を開け、とぷとぷと石化している足首から下に薬をかけて行く。乾いた石に薬が染み込んで、黒っぽく色が変わる。

 タライに流れ落ちた薬液を掬っては足にかける作業を繰り返して、石になった部分に満遍なく薬液を染み込ませる。


「よく馴染むように、少しさすりましょうか」

 そう言ってケイトは、薬液を掬っては石になっている足にすり込んでいく。徐々に、濃いねずみ色だった足が薄いねずみ色に変わっていく。


「少し足の表面に弾力が出てきましたね」

 触れているケイトにはわかるのだろう、表情が明るくなった。

「足の色も変わってきました!」

 カチュアさんの表情にも期待で喜色が浮かぶ。


 ケイトが、足の指先を丁寧に撫でていき、次第に柔らかさを取り戻すその指と指の間に、ケイトの指先が挟まるようになった。


「……二年近く動かなかった足の指が動きましたわ!」

 カチュアさんの目が潤んでいる。二年もの間全く動かなかった足指が動いたのだ。嬉しいに違いない。足指の肌の色は、青白い肌色にまで回復している。


 徐々に、徐々に、擦り込む部位を上げていく。それにつれて、足指の次に足の甲が動くようになり、その次には足首が動くようになった。ケイトの丁寧な薬の擦り込みを兼ねたマッサージによって、その可動域は徐々に拡がっていき、左足全体の足色も、血色を取り戻し始めた。


「足首が……固くて動かなかった足首も足の甲も動きます!」

 カチュアさんは手のひらで口元を抑えている。頬を一筋涙がつたい落ちたのを見て、私はカチュアさんに自分のハンカチを差し出した。彼女はそれを頭を下げて受け取って、濡れた頬と目元を抑える。


 やがて、左足は、白い肌に血色が浮かぶ健康な色を取り戻した。

 ケイトは、一本一本の指を動かし、足の甲をつま先を上に下に動かし、足首をゆっくり左回り、右回りと回して確認していく。

「どこか違和感ございますか?」

 ケイトがカチュアさんの顔を仰ぎ見て確認する。


「ううん、何も無いわ……!何も無いの!私、立ってみたいです!」

 カチュアさんがケイトに訴えると、ケイトはにっこり笑ってから、カチュアさんの足を持ち上げてタライをどかし、タオルで足を拭う。

「私がお支えしますから、立ってみましょうか」

 ケイトが差し出す両手を、カチュアさんは自分の両手で掴み、ゆっくりとソファから立ち上がる。

 そして、一歩、二歩と歩みを進める。足の細々とした関節は適切に動き、その歩行を妨げず、動作を支えている。


「歩ける……!足が動く……!デイジー様!」

 カチュアさんが急に私の方に顔を向けて、笑顔全開の顔を見せる。

「……ありがとうございますっ!」

 突然カチュアさんがケイトの手を離して、両手を広げて私の方へ歩み寄ってくる。案の定、まだ二本の足でバランスを取る事に慣れない彼女は、倒れ込むようにして私に抱きつく。

「危ないですから、ちゃんと歩く練習をしてからにしてくださいね」

 私の腕に支えられながら、うんうんと頷くカチュアさんを抱きしめ返す私は、不自由を抱えた人を元に戻してあげられたことに、幸せと達成感で胸がいっぱいになった。


 その後、一度カチュアさんに座ってもらい、靴下と靴をケイトに履かせてもらう。そして、もうひとつの客間で待っているオリバーさんの元へ向かう。

 部屋の側まで来ると、ケイトが先回りして扉を開ける。


「お父様!足が治りました!歩く練習をすれば杖も要らなくなりますわ!」

 まだ杖が必要ではあるが、前よりもスムーズに自分の足で歩くカチュアさんが、オリバーさんに歩み寄って石化が治ったことを伝えた。


 オリバーさんは、涙を流しながら、その大きな体で愛娘を抱きしめるのだった。

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