第36話 白猫のミィナ
お父様に伴っての城での戦後報告を終え、我が家に帰るために馬車に乗ろうとした時のことだった。
ベヒーモスと戦った時に助けたマルクとレティアが、淡いピンク色の髪と白い猫耳としっぽを持った獣人の女の子……一見して獣人と分からないくらい特徴は耳としっぽだけの、年頃は私と同じくらいの子と一緒に、王城前の『遺族受付』と書かれた場所にいるのを見かけた。
「お父様、少しお話したい方がいるので少しお時間をください」
そう言い残して私は馬車から離れて、彼らの元へと向かった。
「……あ、あの時の」
まず、向かってくる私の姿に、レティアが反応した。
「ああ!俺を助けてくれた子だね。あの時は本当にありがとう!」
次にマルクが大きく手を振って声をかけてくる。彼はレティアとは対照的に快活で気さくな人柄なようだ。
「俺はマルク、こっちがレティアとミィナね」
マルクが自己紹介してくれた。
「私はデイジーよ」
私もそれに応えて、名を名乗った。
「それにしてもその格好……貴族のお嬢さんがまあ、あんな前線にポーション配るためにやってくるなんてねえ」
レティアは私がドレスで見違えたような令嬢然としているのを眺め、呆れが深まったように肩を竦めた。
「うん、だから、これから家に帰ったらお説教だと思うわ」
私は、小さく舌を出して笑って、肩を竦める。
「ところで、ここにみんながいる理由って……」
私が本題を切り出すと、レティアとマルクは顔を見合せ、ミィナは下を向く。
「あの、私のお父さんとお母さんが冒険者をしていて……今日の南門の討伐にも参加していたんだけれど……」
下を向いて俯いたまま、ミィナが答えようとするが、言葉はやがて涙にとって変わり、その涙が地面にぽたぽたと円を描いていく。
……気づくと、『この場所』ということが気になったのか、お父様が私の背後にやってきていた。
「突然割り込んで失礼。デイジーの父です。……お嬢さん、お父様とお母様とも今回の件で亡くなられたのかい?」
お父様は私の傍から離れ、ミイナの正面にしゃがみこみ、目線を同じ高さにする。そして、穏やかな声音で問いかける。
「……うん。ミィナのうち、パパとママ駆け落ちして冒険者してたから、私、家族誰も居なくなっちゃってぇ……」
そうしてまた感情が昂って泣き出してしまうミィナ。
そんなミィナをお父様はただ静かに背を撫でてあげていた。
「ミィナには、どこか行くあてはあるのかな?」
お父様がミィナに優しく尋ねる。
ミィナは涙目のまま首を振る。
マルクとレティアも俯いてしまう。
『……ミィナ、少しあなたのことを見せてね』
勝手に確認することを、心の中で謝って私は彼女を【鑑定】で見る。
【ミィナ】
平民・孤児
体力:25/25
魔力:50/50
職業:なし
スキル:料理(4/10)、洗濯(3/10)、掃除(3/10)、水魔法(1/10)、火魔法(1/10)
賞罰:なし
私はこっそりお父様に耳打ちする。
『彼女は罰せられるような履歴はついていません。そして、料理を筆頭に家事の才能があります』
お父様はただ、うん、と頷く。
「ミィナ、このままだと君は孤児院へ行くか、自力で生活するすべを探さなきゃならない。そこで、もし良かったらなんだけれど、しばらく我が家でゆっくりしてから身の振り方を決めるかい?もし家事なんかができるなら、うちでメイドになってもいいし、将来独立する娘のデイジーの元で働くという選択もある。それも嫌なら、働くところが見つかるよう協力しよう。……どうかな?」
父からの提案に、マルクとレティアは、表情が明るくなり、安堵したような表情を見せる。
ミィナは、突然の提案になんと答えていいかわからず戸惑っている。
「私は、ヘンリー・フォン・プレスラリア。この国の王様に仕えるちゃんとした貴族だよ。君のお父様とお母様は、この国のために命を捧げた英雄だ。私は、そんな人達の子供である君に決して危害を加えたりしない。君がこれからどうしていくか決められるようになるまで、私の家でゆっくりしておいで。遠慮しなくていいから」
ミィナがマルクとレティアの顔を交互に見つめる。
二人は、うん、と頷いてみせる。
少し安心したのか、ミィナの足の間にしゅんと下がってしまっていたしっぽが上がってくる。
「……お作法とか……全然知らないですが、ちゃんと覚えます。だから、よろしくお願いします」
ぺこ、とお父様にお辞儀をした。
うんうん、とお父様はミィナの頭を撫でて笑顔を見せる。
私とお父様は、ミィナを伴って自宅に帰ることになった。
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