第35話 戦後報告
王城の謁見の間。
そこに、国王陛下を玉座に戴きながら、この国の宰相、財務卿、軍務卿、騎士団長及び副団長、魔法師団長及び副師団長であるお父様、そして、お父様の横に私が居た。
私とお父様は、一度家へ寄り、謁見に相応しく正装に着替えている。私も子供ながらに、着慣れないドレス姿だ。なんだか裾を踏みつけて転びそうで怖い。
……そもそも場違いなのよね、私一人が。居なきゃいけない理由はわかってはいるんだけど。
「此度の魔獣討伐、まずは皆、大儀であった。あれだけの魔獣を王都に一歩たりとも侵入を許さず、一般市民に犠牲を出さずに済んだ。そなたたち、対応に当たった武人達を、私はこの国の誇りと思う」
「勿体なきお言葉です」
軍部の者が一同に礼を執る。
「そして、この度の魔獣の強襲によって、中には命を落とした者もいる。彼らには、身分や立場を問わず、武勲を称え遺族への見舞金を惜しまぬように。良いな、財務卿」
そして陛下は、財務卿を見下ろし、命を下す。
「承知致しました」
財務卿が恭しく礼を執る。
「そして、デイジー・フォン・プレスラリア」
国王陛下が私の名を呼ぶ。
「はい」
私は、ドレスの裾をつまんで恭しくカーテシーをする。
「そなたはまだ幼いにもかかわらず、その錬金術師としての立場から、危険を顧みず、戦場に向かう者たちへポーションを無償で配布しに赴いたと聞く。その崇高な志と慈愛の心、素晴らしい。そなたの貢献、深く感謝する」
「勿体なきお言葉です」
私は再度礼を執る。
「ところでデイジー嬢、魔獣を取り押さえた謎の茨の件なのだが、そなたがかかわっているというのは本当か?」
国王陛下が私を見下ろしながら尋ねる。
「いいえ、私のかかわりなど欠片のようなものです。私はあの場で、魔獣によって大勢の人々が傷つけられるのを見て、心の中で嘆き悲しみました。それを、緑の精霊王様が聞き届けてくださり、ご助力くださったのです。あれは、ひとえに精霊王様の御業です」
私は陛下の問いに事実をお答えした。
「『緑の精霊王様』と言ったな。その御方と、そなたはどういう関係だ?なぜ、そなたの嘆きを聞き届けてくださるのだ」
私の回答だけでは、陛下の疑問はまだ解けないようで、再度陛下は私に尋ねた。
「限られた方々しかいらっしゃらないので申し上げます。それは、私が『緑の精霊王の愛し子』だからです」
そう告げて、私は顔を伏せる。
このことを隠すことは容易いのかも知れない。けれど、嘘は好きではないし、そもそもこの場であれば、あえて申し上げた方が上手くいくのではないか、そう思った。
その瞬間、その場にいた私とお父様以外の人間がざわついた。
「それは、まことか?事が事だけに【鑑定】で確認をさせて貰いたいのだが、良いか?」
陛下が尋ねてくる。私は、ただ、はい、と頷いた。
急遽、【鑑定】持ちのハインリヒが呼ばれる。
「急ぎのお呼びと伺い、参りました」
ハインリヒが陛下に、そして、その臣下の重臣たちに礼をする。
「この場で判明することは一切他言無用と思え。破るものは厳罰に処す」
陛下が、まず一同に口止めをなさる。その場にいるものはみな、黙って頷いた。
「ハインリヒ、デイジー・フォン・プレスラリアを鑑定し、『緑の精霊王の愛し子』であることを確認せよ」
陛下のお言葉に頷いてから、ハインリヒがじっと私を見つめる。
そして、ハインリヒが私に対して膝をついて、頭を下げた。
「デイジー嬢は、まこと『緑の精霊王様の愛し子』にございます」
「なんと……!」
「我が国に精霊王様のご寵愛をいただく者が現れるとは……」
ハインリヒの回答に、周囲から驚きと喜びと恐れの入り交じった声が上がる。
特に『緑の精霊王』である。
その『愛し子』が国にあり、健やかに過ごせるのであれば、その国は緑の豊穣の恩恵を受け豊かな国でいられるだろう。だがその反面、『愛し子』を不幸にするような仕打ちをすれば、『愛し子』は精霊王に精霊たちの国へと連れ去られて守られると共に、その国は見捨てられる。豊穣は失われ、その国が砂漠のようになる可能性もあるのだ。
国王陛下が立ち上がる。そして玉座を離れ、肩からかけた赤いマントを引きずりながら階段を降りてこられる。そして、私の目の前で一度立ち止まり、膝を突き、こうべを下げられたのだ。
「陛下、それはおやめ下さい!」
私は慌てておやめくださるよう、お願いをする。
「それは出来ない」
しかし陛下は、首を振ってから、膝をついたまま私を見上げる。
「今、この場でだけ、我が国と臣民のために、貴女に膝をつくことを認めて欲しい。そして、我が願いを聞き届けて欲しい。……『緑の精霊王』に寵愛されし者よ、どうか我が国に留まりこの国を愛していただきたい。その為には、あなたの望みはこの国の王である私が必ず守ると誓おう」
まだ二十代の若い王のエメラルドの意思の強い光が、私を見つめる。
「私の願いは、いつかこの国の一介の錬金術師として独立し、アトリエを持つことです。そのアトリエは、身分の貴賎を問わず来店が可能なように、平民街に持つ予定です。素材の採取のために時折遠出することはあるかもしれませんが、私の戻る国は父母と兄姉のいるこの国です。……アトリエのことについてお認めいただくことと、そして今後も一介の錬金術師として扱っていただけるならば、私に他に望むものなどございません」
私の言葉に、陛下は笑っている。「無欲だな」と。
それはそうと、いい加減私は、陛下にひざまずかれるなんて居心地が悪い。
「……陛下、もう玉座へお戻りください。七歳の私には、恐れ多すぎてもう立っていられません」
そこに、お父様も加勢してくださる。
「そうです陛下、娘の膝がさっきから淑女の態度を取れぬほど震えております」
そこで場の雰囲気が砕け、居合わせた他の方たちからも笑い声が上がる。
陛下も笑って私の願い通り玉座にお戻りになられ、そして、宣言してくださった。
「デイジー嬢、そなたの願い、しかと聞き届けた。デイジー嬢が理想とするアトリエが無事に営めるよう、私も陰ながら見守ることを約束しよう」
そして私は城からの帰り道の馬車の中で、お父様に『愛し子』のギフトを隠蔽するように言われたのだった。
また、後日、私を含めこの魔獣戦に協力した者達には、その貴賎を問わず、功績に応じた褒賞が贈られたのだった。
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