第29話 あまーいパンを作ろう

 お父様とお母様から、ワインのお墨付きも頂いた。

 そのため、国王陛下へ献上させていただく日取りの打診をお父様にお願いすることになった。


「デイジー、献上品に、『ふんわりパン』も加えてはくれないか?」

 その日の勤務を終えて帰ってきたお父様が、意外なことを口にした。

 私たちは会話の場を居間のソファへ変えた。


「あれ?パンはなしって話だったんじゃ?」

 ソファに腰を下ろしながら、私は不思議に思って首を傾げる。


「陛下の侍従長に、面会の調整をお願いしていたら、ちょうど陛下ご自身がお見えになってね。ワインを献上したいというお話を直接お伝えしたんだよ。そしたらね、『その本を見て作ったものはワインだけなのか?デイジー自身はあの本を楽しんでいないのかい?』と尋ねられてね」


 お父様は事情を話しながら、疲れた様子でソファの背もたれへ体重を預けた。


「それで、陛下に『ふんわりパン』のお話をすることになったと……」

 私の言葉に、うん、とお父様は頷いた。


「陛下のご家族は、王妃殿下と、第一王子殿下と、第一王女殿下の四人でしたっけ?」

「ああ、そうだよ。それぞれ六歳と三歳になられるお子様がいらっしゃる」

 ……そうするとふんわりパンだけでもいいんだけれど、もっと小さな殿下方が喜ぶようなものも欲しいなあ、と私に欲が出てきた(王子様は同い年だけれど!)。


 ちなみに献上の日は、陛下のご都合が埋まっている関係で、一週間後に決まったそうだ。


 ◆


「そういう訳でね、一回でパンは八個できるわけだから、半分は何か工夫を加えたパンにしたいのよね」

 私は、実験室の椅子に腰かけて、リンゴをベースにした酵母液のもとが入った瓶を振りながら、マーカスに相談していた。今日は良い林檎が手に入ったのだ。


「王子様たちが喜ぶようなもの……甘いもの?ひらべったくしたパンに乗せる?それとも生地に混ぜる?いや、それなりに美味しそうだけど、なんか違うなあ」

 マーカスが上目遣いに虚空を眺めながら思案する。


「パンと……甘いもの……甘いと言ったらジャムかしら?」

 私が答える。


「そうだ!パンにジャムを挟んで焼くんだ!」

 思いついた!とばかりにマーカスが机を手のひらで叩く。

「そして、一口食べてびっくり!中からあまーいジャムが現れる!」

 マーカスがうっとりとした表情で続ける。

「「ボブたちに作ってみてもらおう!」」

 私たちは酵母液を持って厨房に走ったのだった。


 ◆


 午後のティータイムの時間に、それをお母様と兄様姉様のおやつとして試食をしてもらった。

「うわあ!パンからイチゴジャムがでてきたよ!」

「私はブルーベリーだわ!」

「私はりんごジャムのシナモンがけかしら。こんなパン、初めて見るわね」


『驚き』という意味では、アイディアは大成功のようだ。

 ……が。


「うーん、紅茶がないと、口の中がパサパサしちゃう」

 そう言って、お姉様が侍女に紅茶のおかわりをお願いしていた。

「もう少しこう……ジャムだけじゃなくて、しっとりするものを加えられないかしら?」

 お母様も、もうひと工夫が欲しいらしい。

 試作第一品目は、こうして課題を持ち帰ることになったのだ。


 ◆


 今度はボブとマリアを含めて、厨房で四人での反省会となった。

「確かに、これは水分が欲しくなりますなあ」

 ボブも一口食べて湯冷ましを口にした。

「しっとりと言っても、あんまり水気の多いものだとパンがビシャビシャになってしまうでしょうねえ」

 頬に手を添えて、マリアも悩み顔だ。


「ジャムを入れるのが決まりなら、足すのは甘さが控えめのものがいいわよね……プリンはちょっと固くて違うわね。お皿に入れて焼くアレ……カスタードタルト?あれってしっとり滑らかじゃなかったかしら?」

「あのクリームですか?」

 ボブが首を傾げる。

「あれはトロリとしていて、パンに包むのは難儀しませんかね?」

 マリアもできるのかといった顔をする。


「あれよ!」

 私は『冷蔵庫』を指さした。……と言っても、要は大きな氷を入れておくことで庫内を冷やすというシンプルな構造の保存庫だ。

「作ったカスタードクリームをトレーに入れて冷やせば、少し固くなるわ。それを、平たくしたパン生地の上に敷いて、ジャムを乗せる。口を閉じて形を整えれば、カスタードクリームとジャムの入ったパンができるわ!」


「では、それで二作目を作ってみましょう!明日の午後のお茶の時間に合わせて作りますね!」

 ボブとマリアが了承してくれた!


 ◆


 次の日は休日だったので、午後のお茶の時間にはお父様もいらっしゃった。

 小さな殿下方向けの試作品の試食をお願いしたいと頼んで、またお茶のお供は甘いパンだ。


「わっ、中からクリームがでてきた!」

 真っ先にかぶりついた兄様は、口の端にクリームをつけたまま驚いている。


「あれ、これはパン自体も少ししっとりしているのね」

 パサパサ感が嫌だった姉様も、これは気に入ったようで、感想を述べたあと二口目に入った。


「カスタードが甘すぎないから、私にも食べやすいな」

 お父様も大丈夫らしい。


「私は、要望にそったものが出てきて満足よ。とても美味しいわ」

 お母様もにっこり。


 こうして、ようやく献上の日に向けた品が決まったのだった。

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