王都の外れの錬金術師 ~ハズレ職業だったので、のんびりお店経営します~

yocco

第1話 Prologue

 ……寂しい人生だったわ。


 それが、十五歳で幕を閉じようとする私の人生の最後に、感じたことだった。

 何故なら、その最後の瞬間、私には見送ってくれる人もなく、たった一人だったからだ。

 年に一度、一輪の花を咲かせて私を癒してくれた、たった一鉢の観葉植物だけが、私の最後を見守ってくれていた。


 私の生まれた家は、貴族の男爵家であった。

 幼い頃の私は草花が好きで、その頃から屋敷の庭の草花の世話ばかりしていたような気がする。


 私たちの国では、国民全員が五歳になる年に洗礼式を受け、『職業』を神に授かることが義務付けられている。私に神がお与えになった職業が『侍女』であったのが、私の不幸の始まりだった。

『侍女』は私の親にとってはハズレ職業だったからだ。


 元々プライドが高く、見栄っ張りで野心家であった父母は、子供たちの職業に期待していた。そして、子供たちが我が家を盛り立てることを求めていた。そのため、私の結果に怒り狂い、いつか家から追い出すことに決めた。だが、その中でもプライドはあったのか、家名の最低限の恥にならないように、家格のある家の侍女になれるよう、マナー、礼儀、読み書き、計算を叩き込まれた。覚えられないと、雇われ教師は鞭で私を叩き、泣いても許してはくれなかった。


 十歳に成長した頃、ある公爵家の侍女募集があったことで「丁度いい」と体良く実家を追い出された。そして公爵家の侍女として働き続け、十四歳も終わりという頃、不治の病に罹ったのだ。病に冒された私の受け入れを拒否した実家に困り果てた雇い主である公爵家の主は、私を屋敷のたっている土地の中の粗末な離れに隔離した。

 私はひとりぼっちだった。


 ……誰か、私を愛して。私を見て。


 それが、短い生涯を終えようとする私の、たった一つのささやかな願いだった。

 最後までそれは叶うことは無かったけれど。


 ……面倒、見切れなくてごめんね。


 私が鉢植えに伸ばした腕は、それに届くことなく力尽き、床に落ちた。

 何故か、神々しい緑色の光が私を覆ったような気がしたが、きっとそれは死の間際の幻想なのだろう。

 そして、私の視界は闇に包まれた。


 ◆


 暗くなったと思った視界が、急に明るくなった。瞼は開かず、ただ急に視界が眩しくなったことを感じる。急に肺に空気が入り込み、びっくりした私は大きな泣き声をあげる。

「旦那様!ヘンリー様!お生まれになりました!可愛らしいお嬢様です!」

 女性の声で私が『生まれた』という事実を知る。


『……私、さっき死んだんじゃ……?』


 私が混乱する間にも、何者かに体を清められ、柔らかく暖かな布で包まれる感触がした。

 不意にふわっとした感覚に襲われ、また別の誰かに抱き上げられたことを知る。暖かく、大きな大きな手。


「なんて可愛い子だ!ロゼ、本当にありがとう」

 そうして、私の横でキスをする音がする。


「ボクの、いもうと」

 そう言って、小さな指が私の頬をふにっとつつく。

「あーあー」

 もう少し高い、言葉にならない幼児の声がして、もっと小さな手が私のおでこをペちペちする。

「こら、二人とも、新しい妹には優しくね」

 穏やかな優しそうな女性の声がした。


「とーたま、いもうと、なまえ」

 たどたどしい男の子の声がする。


「どうしようか、ロゼ。女の子だったら『デイジー』と決めていたとおりでいいかい?」

「ええ、ダリアに、デイジー。我が家の女の子は花の名前で、と決めていましたもの」


『私』の名前を決めようとしているということは、彼らが私の両親……。

 そうか、私は生まれ変わったのか!

 私は急激に変わった状況をようやく理解したのだった。


 ◆


 私は、『デイジー・フォン・プレスラリア』として生まれ変わったようだ。

 幼い頃は、『私』と『デイジー』は心に二人存在していた。

 けれど、そのうちだんだん『私』の心は薄れていく。親と兄姉から沢山愛されたからだ。その愛は、『私』の最後の願いを叶えてくれた。毎日が幸せで、もう充分満足だった。


 この、幸せな『新たな私』が不自由しないよう、前の生で学んだ役に立つ記憶だけは『デイジー』に残していこう。嫌な思い出は『私』が全部抱えて、消えることにした。


 ……幸せになってね、もう一人の私、デイジー。それとも心の妹?

 ……そして、ありがとう、プレスラリア家のお父様、お母様、ちっちゃいお兄様とお姉様。


 誰か、神様が私が転生した時に記憶を残してくださったのだとしたら、ありがとうございます。私がデイジーとプレスラリア家で過した日々はとても幸せでした。


 デイジーが四歳のお誕生日を迎える頃、『私』の記憶は空気に溶けていくように霧散した。

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