第9話 カエル
次の日の朝、森の手前の公園に集まる4人。
今日は朝から遊んでよい日だ。
「今日は森で遊ぼうよ」
ラグレンが提案する。
「そうだね」
「いいんじゃないかな」
4人は森に向かって歩き始める。
「虫はちょっと苦手。あまりいないといいけど」
カルラがちょっと不満そうだ。
「森の中は日陰だし、虫はそんなにいないよ」
エルネクがカルラに向かっていう。
「あ、そうだ。川が広がって池みたいになったところに行ってみようよ」
ラグレンが突然思い出したようにいう。
「川の幅が広がって深くなってるところは池じゃなくて、淵っていうんだって」
エレナがいう。
「子供だけで川に入ったらダメっていわれてるよ」
カルラが心配そうだ。
「入らないから大丈夫」
ラグレンがカルラにいう。
川の淵は、昨日直径を測ったときに渡った橋の少し上流にある。
「川に沿って歩こうよ」
森に入った4人は川に向かう。原っぱから河原に降り、大小さまざまな石がしきつめられた川沿いを下流に向かう。川にかかる道路の橋が見えてくる。低いがちょっとかがめば通り抜けられそうだ。
「橋の下を通ろう」
ラグレンが上半身を少し前に曲げて進み始める。
「頭、気を付けて」
カルラが声をかける。
ラグレンを先頭に、4人は頭を下げて橋の下をゆっくりと進む。
「通り抜けたー」
最初に通り抜けたラグレンが両腕を上げる。
「ちょっと、止まらないでよ」
すぐ後ろにいたカルラがラグレンを見上げながら言う。
「あ、ごめん」
そういうとラグレンが慌てて数歩前に進む。
全員橋の下から出ると、さらに川下に向かって歩き始める。
「木の枝で太陽の光あまり入ってこないね」
森のこのあたりは木が多く、枝が川の上まで広がっている。
「そうだね。薄暗いし反対側の地面も見えにくくなってる」
4人は足を止めて上を見上げる。木の枝の隙間から少しだけ反対側の地面が見える。
「やあ、みんな」
声がした方を4人が振り返る。橋の上にアグナスさんとルラサさんがいる。二人とも自転車を押している。
「こんにちは」
4人もあいさつする。
「今日は何してるんだい?」
アグナスさんが4人に話しかける。
「この先の淵に向かってるんだ」
ラグレンがこたえる。
「上のほうを見てたけど、リスでも見つけたのかな?」
アグナスさんが木の枝を指さす。
「木の枝が広がってて、反対側の地面がよく見えないねって話してたんだ」
エルネクが説明する。
「なるほど。このあたりはトンネルのようだね」
ルラサさんがいう。
4人が顔を見合わせる。
「"とんねる"ってなんですか?」
エレナが質問する。
「え? あ、そうか。ここにはないのか」
ルラサさんがちょっと驚いたような感じでこたえる。
「トンネルっていうのは、上まで何かに囲まれているような通りのことをいうんだ。ここだと木の枝で囲まれてるよね」
ルラサさんが説明する。
「うん」
ラグレンが返事する。
「さっき橋の下をくぐったんだけど、あれもトンネル? 橋で囲まれてる」
エレナが質問する。
「うん。橋のトンネルだね」
「そうだ。反対側の地面までの高さわかったよ」
ラグレンがアグナスさんにいう。昨日、高さがわかったら教えてほしいといわれていたことをみんな思い出す。
「何メートルだった?」
「えっとね、分度器で測った方は122メートル18センチで、円周率のは122メートル90センチ」
ラグレンが自慢するような感じで説明する。
アグナスさんとルラサさんは顔を見合わせる。
「ほう。それはすごいな。かなり近いよ」
子供たちの方を向くとルラサさんいう。耳をちょっと震わせている。
「高さを知ってるんですか?」
エレナが質問する。
「うん。ここの直径は120メートルだよ。地面がでこぼこしてるから場所によってはちょっと違うけどね」
アグナスさんが説明を聞いた4人は顔を見合わせる。
「おしい」
「2メートル18センチのずれか」
「でもかなり近いよね」
「分度器のほうが近かった」
「自転車の方は地面がでこぼこしてからかな」
「2台で測って比べたんだけどな」
「分度器で角度を目で確かめたり、自転車で距離を測ったにしてはかなり正確だよ」
目の前に分度器を持って覗き込むようなしぐさで上を見上げながらアグナスさんがいう。
「うん。正確なんで驚いたよ。たいしたもんだ」
ルラサさんも感心している。
「あと、ここは円筒形だけど、円筒の長さは240メートルだよ」
アグナスさんが教えてくれる。
「へー。直径のちょうど2倍なんだ」
エルネクが感心したようにいう。
「確かに高さの倍くらいの長さに見えるね」
エレナもいつも見る光景を思い出す。
「今日は何してるんですか?」
エレナがアグナスさんとルラサさんにたずねる。
「ルラサさんが木を調べてるんだけど、木にいる虫を調べるところだったから一緒に来たんだ」
アグナスさんがこたえる。
「また自転車を押してますね」
エルネクが自転車を指さしていう。
「うん。ルラサさんがまだ慣れてないからあわせてるんだ」
アグナスさんも自転車に乗れているとはいえないが、エルネクは指摘しないことにした。
「もう帰るところですか?」
2人とも森の中から原っぱの方向に向かっているところだったことに気づいたエレナが尋ねる。
「うん。夜が明けるところと、明けてからの様子を調べていたんだ」
アグナスさんがこたえる。ルラサさんもうなずいている。
「それじゃあ、ぼくらはもう行くよ。川や淵には入らないようにね」
「はい」
4人は元気よく答える。
4人は淵に向かって歩き始める。
「ここは直径120メートルで長さが240メートルの円筒形なんだね」
エレナが上を見上げながらいう。
「長さも測ってみたかったな」
ラグレンが太陽の壁の方を腕で示しながらいう。
「まっすぐ道路の線の数を数えて、交差点とか太陽の壁側の丸い道路のところの長さを測って足すだけだから簡単だけどね」
木の枝でよく見えないが、エルネクはまっすぐ道路がある斜め上を見上げる。
「トンネルってほかにもあるのかな」
エルネクがいう。
「ここにはないのかっていってたよね」
エレナもルラサさんの言葉を思い出す。
「それと、ここだと木で囲まれてるって説明してたね」
エルネクもトンネルの説明を思い返す。
「うん。他のもので囲まれているトンネルがあるって感じだったよね」
「そう。何で囲まれてるんだろうね」
「橋のトンネルなら、えーと、一つ、二つ、全部で六つあるね」
ラグレンがいう。川はくねくねと曲がっているので、道路と交わるところがたくさんあるのだ。
「木のトンネルはこのあたりだけだよね」
カルラがいう。川は太陽の壁から始まり丸壁に向かって流れているが、蛇行しながらその半分は森の中を流れてる。森の最も木が茂っているところが淵の手前のあたりだ。
「もうすぐ淵だよ」
そういうとラグレンがちょっと早足になる。
淵の手前で川がちょっと曲がっているので、今4人がいるところから淵はまだ見えない。
「淵だー」
淵が見えるところまで進んだラグレンが大声を出す。
川の幅は、だいたいどこも同じだが、淵と呼んでいるこのあたりだけ池のように広がっている。淵の周りも木の枝が大きく広がっているのでちょっと薄暗い。淵の周りの半分は4人が歩いてきた河原のように小石がまじる砂地だが、反対側は水草が茂っている。
「魚がいるよ」
ラグランが指さす。
「ほんとだ。いっぱいいるね」
大小さまざまな魚が群れになっている。
「夏が楽しみだなー」
「うん。はやく泳ぎたいね」
「あ、なんか虫がいっぱい飛んでる」
カルラがいやそうな表情で淵の上を指さす。水面の上を小さな虫が集まって飛んでいるようだ。
「こっちには来ないから大丈夫だよ」
ラグレンが飛んでる虫を見ながらいう。
「向こう側に行ってみるよ」
ラグレンがそういうと川にかかる橋に向かう。
この淵には周囲をめぐる歩道があり、淵に流れ込む川と淵から流れ出るところには歩いて渡れる小さな橋がかかっている。ラグレンは淵の手前にかかる橋を渡って川の向かい側に行く。
「そっちは草が生えてて淵との境がわかりにくいから気を付けて」
カルラが呼びかける。
「歩道から出ないから大丈夫」
3人もラグレンの後を追いかける。
歩道と淵までの間には、1メートルから2メートルくらいの幅で水草が生えた草むらが広がっている。
「カエル見つけた」
カルラが草むらを指さす。
「どこ」
「そこの葉っぱにいるよ」
「アオガエルだ」
「ほんとだー」
「あ、飛び込んだ」
「カエルの卵みつけた」
座り込んだラグレンが水草の根元の方を示す。水草が広がる草むらには、ところどころに水たまりがある。
「どこ?」
「そこ」
水草の根元のあたりにある水たまりにカエルの卵の塊が見える。
「こっちにもある」
「あ、オタマジャクシもいるよ」
「ほんとだ」
4人は水たまりのカエルのようすをながめる。
「カエルって、子供のころはオタマジャクシだけど、大人になるとカエルの形になるよね」
水たまりを覗き込みながらエレナがいう。
「そうだね。しっぽがなくなったり手足が生えたり色も変わる」
カルラがこたえる。
「こっちに足の生えてるのもいるよ」
ラグレンが足の生えたオタマジャクシを見つけたようだ。
「私たちって、お父さん、お母さん達と全然見た目が違うじゃない?」
エレナが水の中のオタマジャクシを見ながらいう。
「ああ、なるほど。それ僕も考えたことあるよ」
エルネクがこたえる。
「子供と大人って全然似てないもんね」
「私たちも、カエルみたいに大人なったら体が変わるってこと?」
カルラがいう。
「耳がこっち側にいって長くなったり、指が4本になったり肌の色が青くなったり?」
カルラが両手で耳をつまんで上の方に引っ張る。
「うん。お父さんお母さん、アグナスさんとかルラサさん、他の大人もみんな僕たちとぜんぜん違うし」
エルネクがいう。
「それとちょっと体が太くなるよね」
ラグレンがおなかのあたりを手で触りながらいう。
「足と腕は細くなるけど」
カルラが腕をさすりながら付け加える。
「やっぱりそうだよね」
とエレナ。
「なんで青くないのかとか、耳がどうしてここにあるのかとか聞いたことあるんだけど、教えてくれなかったな」
エルネクがいう。
「私も。なんでだろうね、って言われただけだった」
エレナも以前両親に質問したことを思い出す。
「私は、もうちょっと大きくなったら教える、って言われた」
これはカルラ。
「何歳になったら変わるのかな」
「大人って何歳からなんだろ」
「耳がこっちにいったり指が一本なくなるのって痛くないのかな」
「ちょっと怖いね」
みんな自分の手を眺めたり耳を触ったりしている。
「ぼくね、青の絵の具で顔塗ったことあるよ。小さいころだけど」
ラグレンがちょっと恥ずかしそうに告白する。
「僕もやったことあるよ」
エルネクも白状する。
「私も」
カルラもこたえる。
「へー。私はやったことないな」
エレナは驚いたような顔をしている。
「うちに、その時の写真が飾られてるよ」
エルネクは、家の壁に掛けられた写真の中に小さいころに顔を青く塗った際の写真があることを思い出す。
「大人って、歩くの遅いよね。なんかいやだな」
ちょっとうつむきながらカルラがいう。
「そうだよね。一緒に出掛けてもしょっちゅう立ち止まる」
そういうとエレナはため息をつく。
「それに自転車に乗れなくなるよね。タルカさんは乗れるけど」
ラグレンも大人の残念なところを指摘する。
「子供ころは乗れたのかな」
エルネクがいう。
「そうだよね。大人になったら乗れなくなるのかな」
カルラがそういうと、4人は不安そうに顔を見合わせる。
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