伝説的放送事故編

この物語、もう少々お付き合いください。

 ──昼休み。


「おい、山市、学食行こう──ってどうしたんだ? 何を探しているんだ?」

「いや、5限の授業、化学だろ? もしかして教科書忘れたかもしんない」


 机の中にもバックをあさっても化学の教科書が見つからない。


「まあそれくらい何とかなるだろう。隣のオレが見せてやらないこともない」


 俺と二宮は隣の席だ。


「一応誰かに借りた方がいいと思ってな。それに、化学の吉村先生は訳あって俺へのあたりが厳しいんだよ」

「確かに。お前この前、5回連続で当てられてたよな。クラス中が6回連続を期待していたぞ。一体何をやらかしたんだよ?」

「俺は何もやってない。原因はお前の姉貴だ」

「は?」


 二宮先生が勝手に俺の名前を出して吉村先生のお誘いを断ったからこんなことになっているんだよなあ……。


「まあそういうわけで教科書借りてくるわ。今日、化学があるクラスって何組だっけな……」

「1組と2組。そして9組だな」

「お前そういうのよく覚えてるよな……まあ9組は除外か」


 9組、10組で進度別の合同授業を行っているので9組の人も5限に化学があるので借りられない。


「1組と2組って知り合いなんていたっけな? 10組から遠すぎてまじで関わりないよな」


 記憶の限りでは弓道部は1、2組にはいなかったような気が……。


「何を言っている? 妹が1組にいるじゃないか?」

「ああ、更科か」


 妹と聞いて更科と変換できるあたり、俺もだいぶ頭がおかしくなっている気がする。


 といっても、


 鷺宮に学校で始めて話しかけられたのが月曜日、更科に初めて会ったのが火曜日、こたつ争奪戦争が水曜日、更科がガチギレしたのが木曜日、そして今日が金曜日、まだ4日しか経過していないという事実。やばくね?


「つーかお前、更科からお許しは出たのか? 昨日めちゃくちゃキレてたじゃん?」


 あの更科さんは怖かった。まじで。


「ああ、誠心誠意土下座し続けたら許してくれた」

「そ、そうか……」

「それに、これからも推しとしてSNSでの応援も許可が出た。妹もきっと皆にちやほやされてまんざらでもなかったのだろう」

「うわあ……なんかそれありそうだな」


 どんどんと更科のイメージが悪い方向へ傾いていく気がする。

 できればエゴサしたとか聞きたくなかった……。


「じゃあ、教科書借りるついでに更科の様子でも見に行こうぜ」

「おお、面白そうじゃないか! オレも行く!」


 俺たちはで教室を出て1組へ向かう。

 昼休みなので、非常に騒がしく賑わっている。


「そういえば更科って普段どんな感じ何だろうな? 部室以外で会わないから想像つかなくね?」

「確かにな……妹のクラスでの立ち位置が非常に気になるところだ」

「まあ、あの太陽みたいな天真爛漫で無邪気な奴だからな……みんなの人気者になっててもおかしくはないよな」

「オレの見立てでは、昼休みは友人と席をくっつけてご飯を食べるタイプだな。お前、知らない女子の輪の中に入っていけるのか? お前が去った後、絶対何か言われるぞ?」

「うっ……ちょっと出直すか」


 その光景を想像すると自然と足が止まる。


「今さら怖気づくとは情けない」

「うるせえ! お前みたいなイケメンはともかく、普通の男子はそういうの結構緊張するんだよ!」


 これは容姿が整っている奴には分からないだろう。


「ほら、もう1組はすぐそこだぞ」

「はあ……。ただでさえ、よそのクラスは入っていくだけでも緊張するってのに……」


 俺は教室の窓付きの扉から中を窺う。


「どうだ、妹はいるか? 人だかりの中心にいるのが妹に違いない」

「俺もそう思ってたんだけど見当たんないんだよ……」


 席をくっつけてグループを形成している女子の中に更科はいない。


「ほら、お前も見てみ」


 今度は二宮が窓から覗き込む。


「どれどれ……確かにいないな」

「もしかして食堂に行ったんじゃね?」


 それなら、俺たちも食堂に行ってそこで教科書を貸してほしいと伝えれば済むだろう。


「その可能性は高いな。あの綺麗な金髪は目立つから見落とすなんてことは──え?」

「ん、どした?」

「おい、あの一番後ろの窓側の席に座ってるの眼鏡の女子って……」


 窓越しに言われた方向を見る。


「み、見間違いか? オレの目には妹に見えるんだが……」

「ああ、俺にも見える……」


 二宮が確認を求めたのは無理もない。


 そこには一人ぽつんと俯きながらお弁当を食べる、眼鏡姿の金髪ポニテ女子の姿があった……。


「……妹の身に一体何が?」

「さあ……?」


 その姿は普段の彼女からも想像がつかないほどのものだった。

 精神年齢幼めの陽気で無邪気な女子などではなく、無口で大人しく、陰気な女子の姿がそこにはあった。


 更科の表情が伝える感情は虚無で、何も読み取れない。

 ただ時間が過ぎるのを待っているかのよう。


「……なあ山市、とりあえず見なかったことにして戻る、ってありだと思うか?」

「……ありよりのありだな。なんて声を掛けたらいいのか分かんねえ」


 もう化学の教科書どうこうではない。

 何か、絶対に見てはいけないような、とんでもないものを目撃してしまった気がする。


「……俺、今日の部活、あったかいものでも用意しとくわ。」

「……じゃあオレは、いつも以上に明るく盛り上げる。」


 それぞれ、謎の気遣いを考えながらその場を去ろうとした時──


 更科と目が合ってしまった。


「──っ!?」


 更科は少し驚いた顔をした後、にぱあっ、と、犬が飼い主を見つけたような、はじけた笑顔を見せる。


(お、おい、更科こっち来てんぞ!? ど、どどどうする?)

(と、ととりあえず、間接的にたった今来たことを伝えるんだ! オレたちは何も見ていないことを暗に示して妹の面目を守るんだ!)

(なるほど! さりげなく今来ました感を演出すれば良いんだな!)


「1組に来るなんて珍しいじゃん! どうしたの?」

「ああ、ちょっとな。ところで俺ちょうど今来たんだよ。だから大丈夫。」

「オレもたった今来たところなんだよ。何も見てないから安心してくれ。」

「……私のことバカにしてる?」

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