ダイパの209番道路は神曲。

 何とか二宮先生に思いとどまるように懸命な説得を続けた結果、経過観察に処するという判決が出た。


「年上の更科を妹として愛せるなら、もしかしたら先生のことも妹として愛せるかもしれません」


 と、言った途端大人しくなった。本当にとっさの機転だった……。


 俺はこうやって何度も二宮とその周りの女子生徒を救っている。まさに主人公の如く、陰ながらみんなを救うヒーローそのもの!


 ……それならもっとみんな俺のこと褒めてくれよ、そしてみんな俺のことを無条件に好きになってくれよ! 主人公ってそういうもんだと思うんですが! 聞いてた話と違う!

 地味とか陰キャとかぼっちとかモブを自称する超絶ハイスペッククソモテ野郎なんて大っ嫌いだ!!

 お前ら元々主人公なんだよ!! なにハードル下げて保険掛けてんだよ!? 全然順風満帆じゃねえか!? それなのにどうしてお前らは平気でタイトルに虐げられてます感出せるんだよ!? もう少し悪びれてくれよ!! お前らばっかずるいぞ!!


 俺だっていい思いしたいのになあ!!!


 うぅ、泣きそう……。

 畜生っ! ちゃんとこの後にハーレム展開は用意してあるんだろうなあ!?(ありません)


 と、本作の主人公が一通り他作品の主人公への羨望を語るシーンの後。


「おい山市、どこ行ってたんだよ?」

「いやちょっと、これからの方向性についてな……」


 俺が部室に戻ると、すっかり落ち着いた更科と二宮が雑談していた。


「お前らもう仲良くなったのか?」


 二宮は来客用?ソファではなく、中央に置いてあったデスクに移動してキャスター付きの椅子に腰かけている。


「オレはこの部活に入ることに決めたからな。ほら、お前も座れよ」


 二宮の隣の空いているデスクに掛ける。


「さっきは、その、ごめんね」


 向かいにいる更科に申し訳なさそうに謝られる。


「お、おう、むしろ俺も急に出てって悪かった……ごめん」


 そうか、更科がなぜ突然泣き出したのか、解決していなかったんだったな。

 まあ二宮先生の狂気に比べればこんなものは可愛いものだ。


「えっと、色々と聞きたいことがあるんだが……いいか?」

「全然いいよ! 何でも聞いて!」

「じゃあ、まず……ここって職員室だったのか?」

「すごい! なんで分かったの!?」


 更科が目を輝かせている。

 更科は天真爛漫って感じだな。接していると心が洗われる感覚。

 ついさっきまで、どす黒くて名状しがたい何かと接していた身としては非常に癒される。


「このデスク、全く同じものが職員室にあるからな」


 偶然にも30分ぐらい前に同じものを見ていたからな。さすがに俺でも分かる。

 ソファとか部室には不似合いなものがたくさんあるしな。


「オレも部室にしては広すぎるのもおかしいと思っていた」

「おお―名推理! 二人とも頭いいん──」

「「それはない」」

「──否定早くない!?」


 ああ……次のテストはしっかりと勉強しないとまじでやばい。

 留年はもちろん、冬休みに補講で呼び出されるのだけは避けなければ。


「まあ、私も勉強は全然だめなんだけどね……」


 こういう言葉を真に受けてはいけない。

 勉強出来るやつに限ってそう言うことほざくんだよなあ……。


 よくいるんだよなあ。テスト前に限って勉強してないアピールするやつ。

 落ち着いたらその辺の閑話挟むから、楽しみにしてくれよな!


「つーか、何で職員室が部室になってんだ? それに1年生って二宮先生に聞いたんだが……」


 学校指定の内履きの色が2年の赤色なのは説明がつかない。


「そうだね……二宮君にはさっきさらっと説明したんだけど、もう一回説明するね」


 更科はこほんと、咳払いをした。


「高校生でも海外に留学できる制度があるんだけど知ってる?」

「ああ、俺のクラスに今年、一人行ったやつがいるから知ってるぞ。たしか1年休学してアメリカの高校で学ぶとかだったよな。……なるほど、そういうことか」

「その通り! 私は去年から1年間留学していてこっちに戻ってきたのです!」


 入学した時の1年の色は赤色だったから赤色の内履きなのか。やっと理解。


「学年の話は理解できたが、ここが職員室とはどう関係があるんだ?」

「ちょっと話が長くなるんだけど大丈夫?」

「全然大丈夫」

「オレもまだその話は聞いていないから聞かせてもらうぞ」


 と、二宮が会話に参加してきた。


「私は留学する前、カードゲーム部に入ってたんだけど、当時1年生が私だけだったの。それで私がアメリカから戻ってきた頃には、部員が誰もいなくてカードゲーム部が廃部寸前になってたんだよね」

「まじかよ……」

「それは驚くだろう……」


 更科だけが1年のままで、当時の3年はすでに卒業していて、当時の2年は現在3年でとっくに部活は引退している。つまり、


「今年の新入部員の勧誘に失敗した結果、部員が誰もいない事態になって廃部寸前に追いやられていたということか……。確かに俺はカードゲーム部なんて存在そのものを知らなかったしな」

「オレも知らなかった」

「あはは……新入部員を勧誘する役目の2年生が誰もいなかったからしょうがないんだけどね。でも元々の部室が他の部活の活動場所になってた時は寂しかったなあ」


 困ったように笑う更科。


「それで私が途方に暮れていると二宮先生が声をかけてくれたの」

「姉貴が?」


 二宮は意外そうな反応を見せる。確かに俺も意外だが。


「え!? 二宮先生と二宮君って兄弟なの!?」


 更科が大きな声を出して驚く。

 確かに初めて聞くとそうなるよな。俺も似たような反応をした記憶あるわ。


「……えっと、話を戻して。二宮先生が色々掛け合ってくれたみたいで、事情も事情だったから特例としてカードゲーム部が復活したの。活動場所として、物置になっていた旧校舎の職員室を見つけてくれて、それで顧問にもなってもらってほんとに感謝だよ」

「そうか……君が感謝する先生は今、さっき君を退学へと追いやろうとしていたよ?」

 とは、さすがに言えなかった。


 あの先生、やっぱり弟が絡まなければいい先生なんだよなあ……。


「じゃあここは物置だったのか。どうりで物が多いというわけか」


 二宮が辺りを見渡しながら言う。

 たしかに部屋の隅には大量の段ボールが山積みされている。


「これでも色々と大変だったんだよ? 先生と二人で掃除してやっとくつろげる程度には整頓できたって感じかな。二宮君がこの部活に入ってくれるなら男手もあるから定期的に掃除できそう!」

「ああそうか、お前この部活に入るって決めたのか」

「もちろんだ! お兄ちゃんと呼ばれては仕方がないだろう?」

「そ、それは忘れてよ!?」


 更科が慌てて叫ぶ。


「ああ、あれは最高の瞬間だった……。お兄ちゃんと呼ばれてオレの胸に妹が顔をうずめる日が来るなんて! か弱くもしっかりとオレを抱きしめていたあの手の感触が今もオレの脳内で──」

「もう止めてっ!」

「二宮、その辺にしとけ! とっくに更科のライフはもうゼロだ!」


 オーバーキルを受けた更科の顔はもう真っ赤だ。


「つーか更科、気になってたんだが、なんでお兄ちゃんを呼んだんだ? もしかしてブラコンってやつか?」

「そんなことを聞くな山市! 失礼だろう!?」


 二宮に睨まれる。

 そんなに怒ることか……?


 まあ確かに……無粋な質問だったかもしれないな……。


「す、すまん……今日会ったばかりのやつが踏み込んでいい所じゃ──」

「ブラコンじゃない妹なんているわけないだろう!?」

「──まずはその幻想をぶち殺す!」


 俺の右手幻想殺しが二宮の腹部に炸裂した。


「ぐはっ! せ、せめて、理想送りワールドリジェクターの方で──(バタッ)」

「お前を新天地にはいかせねえよ……」


 っていうか理想送りはアニメ化されてないから知名度が……(失礼)


「えと、いつも、こんな感じ、なの?」

「ん? 別にいつも通りだが?」

「そ、そか、な、仲良しなんだね……」


 純粋無垢な更科にはまだ見せるのは早い光景だったかもしれない。

 今後は気を付けないとな。


「とりあえずこのバカは放っておいて……え、もしかしてこいつをほんとにお兄ちゃんだと思っているとかそんなこと言い出さない、よな?」

「あはは、それはないよー」


 よかった……。

 俺の周りには、兄と妹という対象に狂った愛情を持つ二人実は三人がいるせいで変に勘ぐってしまう。

 更科だけは、この子だけは、なんとかまっすぐに育ってほしい。


「ただ私、すぐに泣いちゃうっていうか泣き癖みたいなものがあって、その時に何かを抱きしめたくなるんだよね。温もりを求めちゃうっていうか。ちっちゃい頃はお兄ちゃんにあやしてもらっていたから、それでついお兄ちゃんって呼んじゃうのかも」


 子供の頃の刷り込みってやつか。なかなか変わってるな。


「それにあくまで子供の頃からの直らない癖みたいなものだからブラコンとかじゃないよ? お兄ちゃん大好き妹なんてアニメとか小説の世界だもんね」

「そんなことはない!! 実在するんだ!!」


 あ、お前復活してたのか。

 よし、同じ部活で一緒にやっていくなら、更科にこいつとの接し方を教えてやる必要があるな。


 俺は更科に耳打ちして──


「むしろ、私のお兄ちゃんは私にベッタリなんだよね。私が小学生くらいまでは別に気にならなかったんだけど、もうさすがにちょっとキツイっていうか」

「だ、そうだが?」

「やめろぉおお!! そんな残酷な現実を突きつけるなぁああ!!」


 悲惨な叫び声が部屋中に響く。


「お兄ちゃんは多分、私がお兄ちゃんのことが大好きだと勘違いしてるんだよね。ほんと、イタイっていうか」

「だってよ」

「ちがぁああう! 妹はお兄ちゃんのことが好きなあまり素直になれなくて──」

「そういうのがほんとキモイんだよね」


 きゅうしょに あたった!

 こうかは ばつぐんだ!


「更科、その辺にしとけ! とっくに奴のライフは0だ!」

「ちがう……嘘だぁ……いるんだ……絶対いるんだよ……」


 二宮はめそめそと泣き崩れている。何かこいつが泣くのも違和感なくなってきたんだが。


「と、このように二宮の妹ハラスメントがひどくなったら、こうやってリアルを見せつけてあげれば黙るから」

「こ、効果は抜群だね……」

「……なんだおい! 脅かすなよ! 今のはお前の指示なのかよ! フッ、道理で現実味がないと──」

「でも、怖いくらい私の心境と同じなんだよね」

「嘘だぁぁああああ!!」


 にのみやは たおれた!

 にのみやは めのまえが まっくらに なった!

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