第1話
「芽がぁ!芽がぁ!」
家の中、男はその場に崩れ落ちる。その眼前では、鉢植えに植えられた双葉がすっかり枯れ果てていた。
『あなたは、不器用で寂しがり屋だから・・・形見って訳じゃないけど、育てて頂戴』
今は亡き妻の言葉が、男の胸中に蘇る。
「・・・くそっ」
暗雲が立ちこめていたのは、男の胸中だけではなかった。窓の外にも立ちこめるそれと塵、さらに黒い結晶の混合物。
「スラグ炭鉱め・・・」
原因は、近くの炭鉱にあった。数年前から石炭の採掘量が急増したその炭鉱は、その効率と利益を最優先したがために、周辺に様々な被害をもたらしていた。
杜撰な装備による炭鉱員の塵肺罹患率の多さに始まり、周辺の街への粉塵被害を始めとした公害や、近隣住民の強制就業がその一例である。
空は曇り、塵が舞い、太陽は顔を見せなくなった。男の妻の死因も、持病の喘息の悪化が原因だった。無論、人々は幾度となく立ち上がったが、――膨大な財力と権力の前に、幾度となく敗れ去った。
「無力なのは分かっている、然し・・・俺は、何も為さずにこの生を終えるのか」
男は、没落貴族の末裔であった。数代前まではこの辺りの大地主だったそうだが、今はその名が残るだけだ。ただし、貴族故の高潔さは、子孫たる男にもしっかりと受け継がれていたようだった。
「・・・まさか。俺は、皇帝陛下より北方辺境伯の地位を賜った、スイフト家の末裔だぞ」
男は、行動を開始した。十二月の風が、喉に厳しかった。
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