レベッカ・マクリーン

「レイ殿、最悪の事態です」


 レイとウェーブはマークスファミリーの屋敷を出た。屋敷はウェーブの指示通り騎士団によって包囲されていた。その中心に女騎士団長を見つけると、彼女もレイたちの元へ駆け寄ってきたのだった。


「ラッセル・ホーキンスの遺体が見つかったのでしょう」

「ええ、ですがなぜそれを? というより、まずはご無事で何よりです」

「実戦経験豊富な“大賢人”はそう簡単に死にませんよ。それともウェーブ君に必要以上に脅かされでもしましたか?」

「師匠、それはないですよ。こっちはあんなに心配して、文字通り命がけで助けにきたのに」

「【再来する悪魔ディアブル・レブナント】が何を言っているんですか。それより今はラッセルの遺体の方です」

「現場はこの近くの宿屋です。目撃情報があって騎士団が向かうと、もう既にラッセルは首を吊って死んでいました」

「遺書はありましたか?」

「いえ、でも恋人を殺してしまった罪悪感から自ら命を絶ったのでは?」


 レイはもう一度ジェラルド・マークスにしたのと同じ説明を女騎士団長にしてやった。加えてマークスファミリーはこれ以上の介入をしないという約束を取り付けたことも。


「それじゃあラッセル以外に真犯人がいるっていうんですか?」

「もちろんです。彼に今回のような事件は起こせませんから」

「犯人はレベッカ・マクリーンと思われます。大学の職員でラッセルとも面識がありました。変身願望の対象はロンバート教授です」

「そんな……レベッカがまさかそんなことをするわけがありません!」

「お知り合いですか?」


 女騎士団が眉をひそめたまま答える。


「大学の同期です。とても優秀な人間でした」

「専攻は変身魔法だったのではありませんか?」

「え、ええ。ロンバート教授からもとても信頼されていました。将来は大学で変身魔法を研究したいとも言っていました」

「大学の支援を受けて研究するには年に二度開催される試験を合格パスする必要があります。試験は二週間ほど前に行われたはずですが、騎士団長殿、その結果をご存知ですか?」

「いえ、聞いていません」

「聞かなくとも分かります。もしも合格していたらレベッカは大学の職員なんてしている場合じゃない。普通なら引き継ぎ業務をしているか、大学に研究者として入る準備をしているはずです。それなのに生徒の生活相談というむしろ時間のかかる業務に携わっている」

「つまり職員を辞める予定がないってわけです」

「そして試験の落選というストレス要因こそが、今回の事件を起こすに至った直接のきっかけなのですよ」

「しかし……」騎士団長は未だに信じられない様子で首を横に振った。「証拠もないのに騎士団を動かせません」

「そうこうしているうちに次の犠牲者が出ますよ。ロンバート教授が死にます。証拠ならレベッカの自宅を調べれば山ほど出てくるでしょうね」

「……分かりました。お二人がそこまで言うのでしたら、まずはレベッカの自宅を調べてみましょう。話はそれからです」




 レベッカ・マクリーン。魔導歴2880年生まれ。大学在籍時は変身魔法を専攻としており、卒業後も研究を続けるつもりだったが試験に落第――大学職員として就職。大学在籍時は非常に優秀であり、資格も上級魔導士まで習得済み。

 自宅は中流階級にある二階建てのアパートの一室だった。本棚には変身魔法に関する資料やロンバートの書いた論文などが並んでいる。決して広くはない部屋ではあるが中はきちんと片付いている。


「師匠、ありました!」


 ウェーブの報告を受けてレイは書籍が抜かれた本棚の一角を覗き込んだ。そこには小さく魔法陣が刻まれている――【空間魔法】展開の証拠。それと同じものが玄関の扉にも描かれており、住民――レベッカが自室に魔法を仕掛けているのは明白であった。


「一人暮らしをする女性魔導士の知恵ですね。【空間魔法】を施すことで物をしまっておけるスペースを広げることができるんです。魔法の発現も比較的簡単なもので、一定の方角に魔法陣を刻むだけです。とはいえ、普通はもっと目立つところにを作るものですがね」


 レイは本棚の奥にある魔法陣を指でなぞった。魔法陣がにわかに光を放ち、今の今まで本棚だったものは一瞬で扉に姿を変えた。本棚からクローゼットに――さながら非生物による変身魔法。レイが扉を開け放つ。


「これは――」


 ウェーブが絶句し、女騎士団長が息を呑んだ。この世にこれほど恐ろしい光景があるのか。その光景を見た他の騎士団員も驚愕を隠せないでいる。ある者は神の名を呟き、ある者は吐き気のあまり部屋を飛び出している。

 折り重なった赤黒い物体――死体の山。一瞬の観察でも理解できる、全ての死体が全身の皮膚を剥がされている。その数は六。一番下の死体は既に腐りかけている。


「ここ最近の行方不明者と照合してください。浮浪者や旅人など、通報のない者の可能性もあります」


 至極冷静な声色でレイが言った。


「死体を捨てたのは、クローゼットに入りきらくなったからでしょうか」

「おそらくそうでしょうね。容疑者自身も精神が非常に弱っている状態です。冷静な判断ができなくなってきていますから」


 そしてレイはへと視線を移す。

 折り重なった死体の直上。クローゼットの本来の目的――衣服の収納。ただしそこにかけられていた衣服は全て肌色であり、黒の着け髪ウィッグと一緒になっている。その場にいる者全員が、そこが頭のいかれた殺人者の住居であることを再度確信した。


「死体に反して皮膚の方に関しては防腐処理も裁縫技術も完璧ですね。やはり目的は被害者の皮膚を収集することだったようです。おそらく人間で試す前に動物などでも練習していたのでしょう。そちらも証拠になるかもしれないので、証言を集めてください。動物の虐待死は異常犯罪や連続殺人の前触れとしてよくあることなんです。それと遅くなりましたが、これで納得してもらえたと思います」

「そう、ですね」騎士団長が力なく頷く。悪夢を見ている気分。吐き気を抑える。「すぐにレベッカを国内全域で指名手配します」

「おそらく無駄でしょう。それよりもロンバート教授へ護衛をつけてください」

「なぜです?」

「ここを見てください」レイが長い杖で死体を寄せ、クローゼットの底の一部を露見させた。「使用済みの変身魔法の魔法陣です。何重になっているのか、私でさえすぐには分かりません」

「レベッカがに変身しようとしているってことですか?」

「あるいはに。これだけ綿密な魔法陣を組まれると、私にも一見しただけでは見破ることができないでしょうね。その姿でロンバート教授に近づかれたら万事休すです」

「分かりました。すぐにロンバート教授の元へ向かいましょう」

「我々も急ぎましょう」

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