ある二人の会話

シジョウハムロ

ある二人の会話

「見ろ、まるでマルマルがマルマルのようだ!」


「なんだ急に棒読みで」


「いやこの企画参加したいなって」


 ノートパソコンを回し、別のタブに表示させたその企画概要を見せる。


「……既に書き始めてんじゃねーか」


 別のタブがあるということは当然開く前に見ていたタブがあるわけで、そこにはしっかりと『新しいエピソードを作成』と書かれていた。


「変化球で行きたい」


「もう書いてるってことは思いついてんのか、遅筆のお前にしては珍しいな」


 そういうと彼は「スマホで開くから」とパソコンを返してきた。


「思いついて無いから知恵を貸して」


「はあ?」


「30秒くらい考えて駄目だった」


「いやめっちゃカタカタ打ってるじゃん」


 そう言いながらモニターをのぞき込むと……、


「……この会話かよ!」


「これで変化球……!」


「大暴投だ馬鹿!!」


 ゴツンッ、と拳骨を落とされた。痛い、すっごく痛い。ちょっとだけ涙も出た。


「『遅筆の』までしか書けて無いんだからうずくまってる暇ないだろ……」


「ならげんこつ落とさないで……」


「…………悪かったよ」


 とりあえずさっさと追いついてくれと黙り込む。すぐ殴ってくる癖して優しい。ツッコミ入れたいオーラがうっとおしいけど。

 しばし、文芸部の部室の中にカタカタと打鍵の音だけが響く。……先輩たち、今日は来ないのかなあ。


「……あのなあ」


「なに?」


 あとほんの一行ってところで彼が話しかけてきた。やっぱりあんまり優しくない。


「オーラがうっとおしいはともかく、すぐ殴るの部分に関してはだいぶ悪意を感じるんだが?」


「事実」


「しょっちゅう手を上げているような表現をやめろって話だっつの!……あと優しいとか優しくないとか訳分からん一言加えるなよ!」


「……そこは大事だからダメ。あと変化球を考えるのに忙しいから訂正はムリ。」


「……普通のを書くこと諦めて無いならとりあえずその手を止めろよ、一々待って会話するの面倒だから」


 ここまで書いたのに それを捨てるなんて とんでもない!!


「せめて口で会話しろ!……ったく、これでいいか?」


 今度はチョップを落とされた。やっぱり痛い。と、頭を押さえていたら隣にスマホが置かれる。なぜか録画中で。


「あとでお前のスマホに送ってやるから、それなら録音もできるだろ?」


「わかった、それでいい」


 ノートパソコンをたたみ、彼のほうを向く。……やっぱりかっこいいなあ。


「ところで思いついた?」


「変化球は思いつかん」


「……普通のは思いついた?」


「…………まあ、な」


 なんか歯切れが悪い、すっごく気になる。


「教えて」


「……『見ろ、まるで宿題が山のようだ』」


「…………いやなこと思い出させないで」


 そう、あれは忘れもしない夏の日の事、幸福の絶頂にいた私を絶望の底へ叩き落した悪魔の書物、その裏に潜む魔王せんせいの悪意が透けて見えるかのごとき文字列に私たちは苦戦を強いられたのだ。


「あの悪夢は、二度と繰り返されてはならない……!」


「じゃあ来年は計画的に宿題やろうな。あと急にパソコン開いてやるのがメモかよ」


「ナイスツッコミ」


「うっせえ」


 ぺちり


「今度はデコピン……、やっぱりすぐ殴る……!」


「これを殴るのうちに入れていたら世の中DVにあふれていることになんじゃねえかな……」


「なんでちょっと自信なさげなの?」


「いや、デコピンも繰り返したら痣くらいはできそうだし」


「じゃあちょっと痣出来たから謝って」


「あほか」


 結局案を出してもらうつもりがほぼ雑談になってる気がする。まあいいか、三分の一くらい作戦は成功だし。


「何ニヤニヤしてんだよ。……っていうか大分脱線してたな、うーん、あのセリフ改変で変化球……あっ!……あぁ、いや、無いな」


「なんか思いついた?」


「『見ろ』の部分を飲み物の『ミロ』にしてなんかできないかと思ったんだが」


「……ミロ、まるで成分表示がシリアルのようだ、とか」


「あれ言うほどシリアルだったか?て言うかそれ話膨らむか?」


「……ダメか」


「…………気になってたんだけどさ」


「うん」


「その隙さえあればパソコンいじろうとするのは何なんだよ」


 しまった、ちょっとあからさますぎたかも。


「もしかして思ったよりもしょうもない話しか無くて飽きてたとかか?だとしたら……まあ、悪かったよ」


「……そうじゃなくて、その……」


「ん?」


「…………作戦が、あった」


「作戦」


「……言わなきゃダメ?」


「いやここまで話してそれはないだろ。気になるよ」


 これは悪あがきしか出来ない予感、話さないとだめか。……うぅ、恥ずかしい……


「まず何か話題を見つけて一緒に小説の題材を考える状況を作りたかった」


「おう」


「そしてなんか色々話しながらムードを作りたかったのに君に台無しにされた」


「さらっとディスんじゃねえよ」


「それからいい感じのタイミングで、その、文章を入れて、その……」


「なんか急に抽象的になったな、ていうかその、のあとは何だよ」


 言えない、こんなに軽い感じの空気なのに恥ずかしくって、顔が真っ赤になっているのが自分でもわかるくらいに火照っていて、


「…………ど、鈍感!にぶちん!」


 蚊の鳴くような声でたったそれだけ言うのが精いっぱいだった。


「な、なんだよ急に……、ていうかそれならその文章を打って見せればいいだろ……」


「……いじわる!!」


 必死に捨てぜりふを言いながらタイピング、そうだこんな状況にしたのは彼なんだから彼に収集を付けさせるとやけくそ気味にモニターを見せた。


『好きです。付き合ってください』


……


…………


………………


 気まずい、ものすごく気まずい、なんでこんなにやけくそになってしまったのか10秒前の自分に小一時間問い詰めたい。いやいやこんな空気になったのは彼のせいなのだ彼にどうしてくれるのかと文句を言ってやれいやいやムリだってあんなもの見せた直後に顔を直視とか恥ずかしくってできっこない。


「…………あー、えっとだな……」


 ピクリ、と体が震える。まだ、心の準備ができてないのに!


「その、デリカシーが無かった、すまん」


 でも文句を言おうにも口がこわばって動かない。こんなのまるで処刑だ、いじわるだ。


「で……、悪いが今までそういう目でお前を見たことが無かった。まあ、放っておけなかったりしたし、別に嫌いって訳でも無いけどな」


 もう泣きそうだ。そういう対象に見られてなかったってだけでこんなに辛いものなのか。


「それで、……あー、今はフリー、っていうか年齢=彼女いない歴更新中だし、今そういう好意を寄せていた人がいなかったから……、ああいやこの言い方は違うな」


「…………」


「その、そう思ってもらえて悪い気はしないって言うか……、いや、そもそもいいのか?今言ったけどそういう感情を持ってお前と向き合ってたこと無いような奴だぞ?」


「……付き合ってくれるの?」


「……嫌じゃないなら」


「嫌なわけない!」


「……な、なら、その、よろしくな?」


「…………うん、うん!よろしくお願いします!!……えへへ」


 ……やった、やったあ!もうだめかと思ってたのに、まさかOKを貰えるなんて!

 その嬉しさのままに彼に抱き着く。驚きながらも受け入れてくれて、それだけで嬉しくてうへへと変な声が出る。


 そこへ水を差すようにガラガラと部室のドアが開く音。そこには先輩たちが立っていて、


「見ろ、まるで後輩たちがラブラブのようだァ!!」


「うっせえ黙ってろ先輩!!」


 恥ずかしさを隠すようなツッコミすらも愛おしくて、彼をギュッと抱きしめた。

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