飛魚[とびうお:夏]

 船べりに寄りかかって眺めていると、海がゆったりと呼吸をしているように思えてくる。深いあおいろの波はおだやかにわたしたちを船ごと揺らす。空は晴れて、夏の真ん中を前に強くなってきた陽射しが、少しだけ首筋に痛い。このまま永遠に平和なんじゃないかって勘違いしそうになる。

 イサナはずっと双眼鏡から目を離さない。だから交代要員としてくっつけられたわたしは暇だ。生まれたのはわたしのほうがひと月早いのに、小さい子たちを含め、船のみんなはイサナのほうを姉のように扱う。

 眠ってしまいたいのをこらえて、双眼鏡が向いているほうをなんとなく見る。水平線。ふたつの青がせめぎあうあたり。

「……っ! 来た!」

 叫ぶイサナに応じて大人たちが魚倉の蓋を開けた。やがてわたしの目もそれをとらえる。ひらめく銀色。水面を縫うように、現れては消える。低く滑空するのは飛魚の群れだ。あっという間に近くなる。鋭いかたちの身体と大きな、翼のような胸びれがわかる。

 たくさんの飛魚は船べりを越えて、魚倉のなかに吸いこまれる。失敗して甲板に落ちたものを小さい子たちが投げ込む。蓋が閉まってしまうと、あたりはまた静かになる。何事もなかったかのように。

 イサナが双眼鏡を下ろして笑う。

「いい知らせだといいね」

 わたしはうなずきながら、暗い魚倉のなかで働く大人たちのことを思う。

 飛魚は仲間からの連絡だった。銀色の身体はよそ者の目をごまかすための姿、ほんとうはデータを満載した動くカプセル。みずから泳ぎ、飛ぶことのできる手紙なのだ。それが大事なものだってことは小さい頃から教えられている。だけど魚と同じように扱わなきゃいけないってことも。

 わたしたちは漁をして暮らしている、と言うのと同じように、わたしたちは戦っている。何と、どうやって、なんてことはわからないけれど、わたしだって手伝う。イサナがどこまで知っているのかもわからない。でも、きっとわたしよりも早く、あの暗がりへと呼ばれていくのだろうなと思う。

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