あの時の言葉

「私はお前が憎かった……全てにおいて強かったお前が、そして聖女として認められたことも!」

その時ふと、頭の隅に思い浮かんだもの。

そうだ……以前パデイラ遺跡でダジュレイってバケモノと戦った時、こいつは聖女のなりそこないって言ってたような。

「私も未来の聖女として育てられた身だった……」

なん……だと!? こいつもだったのか。


「ソーンダイク家で黒羊として生まれてきた私は、ディナレ様の遺志を継ぐ聖女として、騎士の教えと共に全てを叩き込まれてきた……だが一向に私の前に顕現する事はなく、徴も現れることはなかった」

マティエの目からぼろぼろと大粒の涙がこぼれ落ちた。

「みんな失望したさ……そして聖女たる預言も修行も全てが無に帰した私はそれ以来、女であることを捨てた」


こいつの心の固さには、そんな過去があったからなのか……

「だからこそお前には戦士として、ディナレの遺志としての徴を持つものとして生きてもらいたかった。だがなんだその情けない姿は!」

倒れていたままの俺を、またあいつは掴み上げた……が。


「やめてくださいマティエさん!」背後から止めた手、それはエッザールの声だ。

「どこにもいないと思ったら一体何やってるんですか! しかもラッシュさんを殴りつけて……正気ですか!?」

「止めるなエッザール、私はこの腑抜けをだな!」

「だからといって殴ることないでしょうが!」

「こうでもしなければこいつは目を覚まさないんだ! 離せ!」


やっぱり仲いいなこの二人。何かあったのか?


「っていうかラッシュさんも! なんでこんなことになってしまったか説明して下さい!」

普段クールだったエッザールがこれほどまでに感情的になっている。

どうすればいいんだ、俺……!


「ラッシュの先祖になすすべもなく敗北した……そうだろう?」

静寂に近い落ち着いた声と熱を帯びた存在に振り向くと、そこには……

「何をそんなに驚いている? 私だって外の空気を吸いに来ることだってあるさ」

ナウヴェルだ。いや……今は鍛冶屋の王ラウリスタだったっけか。

「隠し通していたら、それはやがて自身の心さえも蝕んでしまう……そうてはないか、ラッシュよ」

もっともだ。だがその一言が口から出てくれないんだ。

「私はもう千年近く生きている。そう、お前達より遥かにな。しかしだからこそさらに知りたいこともある。通じ合った仲間ならば、それこそ余計に、な」

そしてマティエが俺の前にまた歩み出た。

さっきまでの顔の険は、もうすでに消えている。

「お前は……過去を背負いすぎているんだ。言わないなら言わなくてもいい。だがそれが私たちの心をも苦しめていることも、同じく知ってほしい」


一応念を押してマティエに聞きなおした。それはルース達も知っているのかと。

彼女の眉間に、僅かに戸惑いの皺が浮かぶ。

「ああ、ラザトとの三人はな」


少し安心した俺は、芝生にどっかりと腰を落ち着けた。

あの時、自分は坑道のさらに地下深くで、何者と遭遇したのかを。

それがマシャンヴァルの古代の戦士、そして自身の始祖であることを。

そいつを蘇らせていたのは、ルースの弟にして、敵国に身を置いているヴェール・デュノ、さらには前ラウリスタであるワグネルも絡んでいたということも。


そして……

この俺が、始祖ガーナザリウスを完全に復活させるための鍵であったことも。

そうだ、俺には宿敵マシャンヴァルの血が流れているんだ……!

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