敗北と敗北
突き上げ、横凪ぎ、蹴り、タックル……
って、なぜだ!? こいつは。ずっとさっきっから剣も抜かずただ突っ立っている、俺の渾身の斬りも、技も全然ダメだ。まるで空気をつかむかのような手応えのなさ。
ワケわからねえ……この野郎、マジメに俺と戦う気あんのか!?
ーどうした? もう息が上がったのか
余裕ぶった奴の言葉に、おれはうるせえとしか返すことができなかった。
もう一度、もう一度!
だが何回踏み込んでも、空を切る感覚だけ。
くそ! フザケんな!
だがそうこうしているうちに、俺の心臓がバクバク音を立てているのが聞こえた。俺の身体はナマっちまってたのか? いつもより早く息が上がる……これじゃあっちの思うままだ。
ーふん、策なぞ練れるのか?
心でも読んでるのか? いやこいつは挑発だ、乗るんじゃねえ俺! そうとも、劣勢に陥ったことなんて今まで何回もあったじゃないか。
落ち着け、呼吸を整えろ。さっき考えたあれをだな……
しかし、よくよく思い返してみると、なんか懐かしささえ感じられる……そう、親方と手合わせしているみたいで。
親方は片足がオンボロの木の義足だったから、走ったり飛んだりすることが苦手だった。だから必然的に効率よく避けることを得意としていたっけ。
「さあ、俺の脳天に一発打ち込んでみろ!」って、来る日も来る日もこんちくしょうって思いながら、親方に立ち向かっていったっけ。
手足の血マメがズタズタに潰れて、剣をまともに握ることも、立つこともできなくなって、それでもずっと同じ練習をやり続けた。
「戦場じゃまともに傷の手当てなんかできねえぞ、それに血マメなんて何度も潰せばその分皮が丈夫になるから安心しろ」って。だから雑巾で無理やり剣を手に縛りつけたっけ。
だけど一度だけ、親方の頭に一発当てたことがあったな……
そうだ、あの時に胸ぐら掴んでやったんだっけ。
「いいかバカ犬。いかなる剣の使い手だろうと剣豪だろうと、一つくらいは構えに自分の動きを持っているんだ。いつかは一対一で強いやつに立ち向かうときがあるかも知れん。そんなときはな、まず最初にその動きを見極めるんだ。そうすりゃどんなやつだって倒すことができるぞ」
そうそう。確か親方が口にしていたっけ。
足さばき、身体の軸の動き、息づかい……それらを全て目で視るな。全て感づかれるから。だから、全身でそれを視ろ! って。
いつでも飛びかかれるように俺は姿勢を低くし、構えた。
肩の力を抜け。呼吸を整えろ。全身の感覚を澄ませるんだ。
そうすれば、だんだんと奴の全てが見えてくる……!
息を止め、俺は一気に相手の懐へと飛び込んだ。
どっかしら掴める場所を見つけ出せ、たとえそれが存在しなくても。
矛盾してはいるが、それも親方の言葉だ。
……見えた! それは奴の首元、そうだ、至る所にこいつは金属の繋ぎ目があるってことを俺はすっかり忘れていた。
襟首を掴むように、俺はその部分をぎゅっと握った。このまま投げ倒して……
と思った瞬間、やつは手にした鞘の先端を俺の足の甲に思い切り突き刺した。
思わず「がっ!」と激痛で呻き声が。
俺の掴む手が緩んだ瞬間を狙い、そのまま奴は、今度は剣の束の部分で、俺の鼻面をゴン! と思いきり殴りつけた。
倒れ込んだ俺のみぞおちに、奴はまた束の一撃を叩き込む。
ーふむ、なかなかいい策だったな。だが足下が完全に空いてたぞ
「ぐっ……ぞ!」吹き出す鼻血を止めるのに俺はもう精一杯だった。
鼻の骨はおそらく折れた。呼吸が余計苦しくなってきた。それに息を整えようとすると、痛みが……胸の骨もやっちまったか。
もう一度立ちあがろうにも……くそっ、足の甲も骨が砕けてるみたいだ。
生まれて初めて感じた、激痛以上の激痛に、もはや声すらもう出ないほど。もうダメだと身体が悲鳴を上げている。
しかし、瞬時に足の甲を攻撃して動きを止めたり、鼻を殴ったり。
こいつ……やっぱり俺の頭の中を読んでるとでもいうのか、だとしたらもう……
マジかよ。なんでこんな奴に一太刀も浴びせることができないまま終わるんだよ……
やべえな、ズパさんの時と違って両腕はまだ動かすことできるってのに、重い。鉄の塊のように重くてもう斧を握る力すら残ってねえ。
このまま俺、このツギハギ野郎になすすべもなく終わっちまうのか。
ーどうした、もうおしまいか?
ああ、終わりか。剣がいつの間にか抜かれているし。
奴が手にした白く冷たく光る刃が、俺の首筋でぴたりと止まった。
ーおまえの負けだ。
俺は、負けたのか……
「だめーっ!」
俺の首に切っ先が突きつけられた時だった。奴との間に立ちはだかって、両手を大きく広げた小さなその姿……
チビだ、だけどなんでお前……さっきまで俺の呼びかけにすら答えることができなかったのに!
だが、そんな抵抗にあっても奴の剣はピクリとも動かなかった。
「おとうたんきっちゃだめ!」
「チビ……」そして俺もこれ以上は言えなかった。
そういえば、こいつの……チビの背中って今までほとんど見てなかった気がする。
いつも頼りなさそうな上目遣いで、俺のことをじっと見つめていた。
そんなチビが、俺を守ってくれている。
小さな背中が、足元が怖さでガタガタと震えている。だがチビだってやっぱり怖いんだ。
「おとうたんわるいことしてないもん! まいにちそとであそんでくれるし、いっしょにめしくうし、おべんきょうだってしてくれるし、それに、それに……」
涙でぐずついた声が漏れ出る。
「おとうたんはせかいでいちばんつよいんだもん!!!」
ひときわ大きな声が空間を揺るがした。この小さな身体にそぐわないほどの、頭の中までキンキンするほどのでかい声で。
その時だった。
ふと、その声に呼応するように、ツギハギの剣がゆっくりと下がったんだ。
「……坊主」
対する優しい声が……って、え? こいついま初めて口を開いた!?
「お父さんのことは大好きか?」
その言葉に、チビは黙ってうなづいた。
「どのくらい大好きだ?」
「うん……えっ、と……」
しばらく考えたのち、チビは口を開いた。
「おうさまよりだいすき!」
なんでだろう、これほどまでに屈辱的で、息すらまともにできないのに、思わず笑いが込み上げてしまった。
だが、それ以上にガハハと大口で笑っているのが一人。そう、目の前にいるツギハギ野郎、ガーナザリウスが。
チビの声より、さらに大きく響く豪快な笑いで。
その姿にチビも呆気に取られていた。
「参った、私の負けだ。降参だ」
チビの前で奴はドンと座り込んだ。なんなんだいったい?
「いや……お前は敗北したが、この坊主には負けた……ってことかな」
さっきまで俺の前に立ちはだかっていた奴が、あろうことか俺たちの前であぐらをかいている。
チビのおかげで俺は勝てたのか……? だが、まだ奴の言っていることが分からないままだった。
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