彼女の過去 その3

「大丈夫さ、ジールと僕とは種族同じだろ。指が長いから細かい作業も得意、ナイフ投げも一緒さ。なんて私にナイフを渡してきたの。最初はもう怖かったけどね……コツを掴めばなんとかいけた」

ジールは自分の手を見つめながらそう話してくれた。なるほどあいつのナイフ投げは百発百中だ。ちなみに俺はこの手のやつは……とにかく苦手。種族によって得手不得手があるんだな。

「そうするうちに雑用係だった私にも仕事が入ってきてね、軽業師やってた母さんとコンビ組んで……楽しい毎日だった。あの日までは」

「あの日?」

ジールは俺にこくりとうなずき、また続けた。

「私が15になった時かな。表の仕事も裏の仕事も順風満帆だった……けどある日団長に呼び出されて、こっそり言われたんだ。ウェイグがスパイをやってるって」

「スパイ……どこの国とだ?」

「そこは全然分からない。でも日を追うにつれ仲間がぽつりぽつりといなくなってね。けど疑惑の目はウェイグじゃなく、わたしたちに向けられてた」


ー銀の白夜の情報を何者かに売り渡してる奴がいる。


「そりゃ大荒れよ、その言葉ひとつで絆の糸なんて簡単に切れちゃう。溜まりに溜まっていた仲間同士の鬱憤とか軋轢とか一気に噴き出しちゃってね……あっという間よ。

話をずいぶん端折られた気もするが、これでも俺に合わせてくれていたらしい。

「だって、ラッシュ難しい話嫌いでしょ?」って。

「後から聞いた話だと、以前私たちが行った港町バクアの理事長……いえ、サーカス団の会計やらなにやらやってた奴なんだけどね、あいつが一枚噛んでたみたいなんだ。けどそんなことはもういい、その時離ればなれになったウェイグに……私はずっと会いたかった」

胸元でぎゅっと拳を握る。切実な思いだったのか。

「好きだったのか?」

「そゆこと、けど今はもう半分くらいはいいやと思ってるけどね」

そう言ってジールは、とぷんとまた温泉へと飛び込んだ。

そして……


水の化身となったあいつは、するりと俺の背後に現れ、そのままぎゅっと裸の身体で抱きしめた!

まるでトガリが作った卵でできた……そうだ、プリンとかいう甘い菓子。あいつの胸は、腕はそれくらい柔らかくって、でもって……


とても心地よい暖かさだった。


「リオネングに帰ったら、私の旅に付き合ってくれないかな?」

耳元でささやく、プリンのような甘い声。

「その……ウェイグがいるとこか?」激しい鼓動を押し殺しつつ俺は問う。

「ちょっと遠いかも知れないけど、ううん……ウェイグが今どんな生活してるか、それだけが分かったら、もういい」

「そりゃあ構わねえけど……なんで俺が一緒に行かなきゃならねーんだ?」

「決まってるじゃない。護衛よ護衛」


あー、そういうことね。なんか肩透かし食らったような気分。

でも、最後の言葉だけは本気だったのかも知れない。


「それで私の心にケリがついたらさ、ラッシュ……私の好きな人にさせてくれないかな?」


好きな……ひと?

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