狂化
「こっちだ!」と、先に敵の前へと躍り出たマティエは槍をズン! と地面に突き立てた。地響きにも似た振動が家を揺るがす。
予想通り人獣の奴らはあまり頭が良くないらしく、瞬く間にあいつの方へと剣を向けじりじりと距離を詰めていく。
あのときと唯一違う点……そうだ、得物だ。以前はどっかから拾ってきた粗末な武器しか手にしていなかったが、いまは格段にいい武器を揃って手にしている。つーか正直俺たちのよりいいモン持ってるんじゃねえか?
「ワグネル師が作った武器です。星の鉄鉱石から作られました」
先導しているガンデがそう話す、そして「ラッシュさんの武器も……ですよね」と。
うなづこうとする間にも奴らはガンデの前へ立ちふさがってきたが、あいにく俺の敵ですらない。
肩口に斧を叩き込み、断末魔の声を上げることもなく真っ二つにされ、俺の後ろに転がっていた。
「お前の師匠の作ったやつも悪くねえだろ?」
そう言うと、ガンデはくすっと笑ってくれた。
聞いた話によると、エッザールはここからそれほど離れていない坑道に送り込まれたんだそうだ。だがそこにも見張り役の人獣がうようよしているらしい。
無事であってくれればいいが……
とかなんとか言ってる間に、坑道へ向かうのを阻もうとする連中が岩山のあらゆる影から湧き出てくるようにわんさか押し寄せてきやがった。
下がろうにも背後の路地からもぞろぞろと。まあ俺にしてみりゃどうってことない数なんだが、戦いを知らないやつが一人いるのはちょっと……って、あれ?
「ハアァァァァァァイヤイヤアャアアア!」
まるで祭りのときの掛け声にも似た咆哮と共に、ドン! と後ろでなにかが爆ぜる音がした。
「イヤァァアオォォォォォォォォオ!」まただ、その声と同時に人獣たちが次々とふっ飛ばされてゆく。
気がついたら路地……いや、建っていた家ごと消え、そこには瓦礫と人獣の躯が転がっていた。
もうもうと立ち上る土煙の中一人立っていたそいつは……チャチャだ。あの独特の容姿っていうか立ち姿。間違いない。
すると今度は両手を大きく広げ、凄まじく長い舌を空に伸ばして……そう、吠えたんだ。
「イリャアァアアアアアアアアアアアエイヤァアア!」
よく見ると、目つきが違う。ついさっきまでの眠そうな、どこを見てるんだか全然分からなかったチャチャの目じゃなかった。
例えるならば、戦いの最中に猛り狂って精神が逝っちまったみたいな……そうだ、戦場で時たま見たことがあった。
ラザトがむかし話してたっけ。一度にたくさんの連中を相手に剣を交えすぎると、頭ン中がブチ切れて、まるで酒によって乱闘しているかのような状態になるんだって。
俺もそうだっけか。誰かが黒衣って言ってたような。忘れちまったが。
だがそいつらはあまりにも精神が高ぶっているってことで、敵味方すらつかない状態……おまけに痛覚も消えちまっているらしく、耳が吹っ飛ぼうが腕が切り落とされようが全然痛みを感じないって話だ。
だが俺の方もそうも言ってられない。行く先に立ちふさがる人獣を蹴り飛ばし、ぶった斬り、岩山に叩きつけ……もう何人切り伏せたんだか。ってオイ!!!
「ラッシュさん! あぶない!」
突然チャチャが、俺に鉤爪を振りかざしつつ飛びかかってきた。
斧で受け止めると、キィン! と戦場には似合わないほどの澄んだ金属音が耳に響く。
「チャチャさん違いますよ! 仲間のラッシュさんですよ!」
別人? いやそんなハズはない。さっきまで、だヌとか抜かしてたあのチャチャポヤスだ!
やべえな、どーすりゃいいんだこんな時に!
「目を覚ましてください! チャチャさん!」
ガンデが羽交締めにするが、ちょっとやそっとじゃこいつのバカ力には立ち向かうことすらできない……くそっ!
ゴン!!
……と、いきなり鈍い金属音が響いたと思ったら、いきなりチャチャが白目むいてくずおれた。
「ふァあ……」なんとも間の抜けた声を残し、チャチャは気絶した。
「大丈夫でしたか、ラッシュさん?」
そこには、巨大なフライパンを手にしたエッザールが立っていた。
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