エズモールへ
馬車に揺られてると、いつもながら眠気が襲いかかってくる……そんな中でうつらうつらしながらも、俺は斧を手にずっと考えていた。
もしエズモールの街でナウヴェルに出会えたなら、俺はこの斧をどうすべきなのか……と。
棄てるのか?
それともまた新調してくれと願うのか?
しかしどちらにせよ、それは俺の本望じゃあない。いくらまだ使っている日々がさほど長くないとはいえ、そう簡単に、俺の手に馴染んだこいつを手放したくないから。
「さて、どうするべきかな」
「おとうたん……」寝転がった俺の目の前に、チビがひょこっと顔を出した。だけど妙に心配そうな顔。
「ジャノおねえたん、元気がないの」
「え……!?」慌てて馬車の中を見渡すと、隅の方でジャノのやつがごろんと、ジールの膝に身体を力なく預けた状態だった。
なんなんだ一体、宿を出るまではやかましいほど元気だったのに。
「しーっ、さっきからずっとこんな感じなの」唇に人差し指をあててひと言。
馬車に揺られて酔ったのか……? 俺はあいつの小さく細い手を握りしめ、そっと声をかけてみた。どうしたんだいったい、って。
……! 思わず、反射的にヤバさを感じた。
熱い。それも相当な体温!
チビも時おり風邪をひいて熱っぽくなる時はあるが、ジャノの身体はそれ以上だった。
「んあ、らいじょーぶだよあにきぃ……」
汗に濡れた顔こそ微笑んではいるが、いつもの元気さは全く見受けられない。つーかろれつも回ってないし。大丈夫じゃないだろーが!
「たまーにね、こーやってすごい熱が出ることあるんだ」
「たまにって……初めてじゃないのか!?」
ジャノは力なくうん。と小さく頭を振った。
「おとなになるまえにこーゆー時があるっておっ母が言ってたんだ。だぁいじょーぶ。いちんち寝てればなおるから」
そう言ってジャノは、ジールの膝枕ですうすうと小さな息を立てて寝入ってしまった。
「おねえたん大丈夫?」
「大丈夫だよ、あたしが診ててあげるからね」
今にも泣き出しそうなチビの身体を、ジールはぎゅっと抱き止めた。
「まあ、ジャノも女の子だしね」
なんてジールは俺に告げてはくれたものの、俺にはその意味がいまいちピンと来なかった。
女だとこうやって調子悪くなるモンなのか……?
……………………
………………
…………
休まず走り続けて一昼夜が過ぎた……が、あいつの体調は一向に良くならなかった。
それどころか身体の熱はさらに上がり続けている。おでこに鍋乗せれば目玉焼きでもできるんじゃないかと思うほどに。
耳元で声をかけても「……らいじょーぶ」と同じ言葉だけ。
「ただの風邪とは違うな……これ、もしかして」
ふと、ジールが言いかけた言葉を慌てて引っ込めた。
「虫に噛まれたか、もしくは破傷風かなにかかも知れないな」
野営するテントの中、容態を診たマティエの顔も、見たことがないくらいの真剣さだった。
だが破傷風と言われても目立った傷もなにも見当たらない。こうしている間にもだんだん呼吸は衰えてきている……くそっ、どうすりゃいいんだ!
「悪ぃ! 遅くなっちまって」
陽が沈みつつある中、一頭の馬が全速力で俺たちのところへと駆けつけてきた。先行していたイーグだ。
「やっぱり轍は消えずにエズモールの方向へ向かってた。マティエの推理した通りだ……って、どーしたんだおまえら?」
いや、イーグのやつは悪くねえさ。だが……
「近いか? エズモールまでは」
「え、ああ……この馬車でも飛ばせば半日でどうにかなる」
早々にテントを片付け、俺たちは馬車へと飛び乗った。
まるで火のついた薪を胸に消えているかのような、火傷しそうなほど熱いジャノの身体をしっかりと抱きしめ、俺たちは深く刻まれた轍の向かう……そう、目的地エズモールへと向かった。
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