湿原の怪物 その8

例えるならば……うん、親方に思いっきり張り倒されたような衝撃だった。

鈍い破裂音が響き、しばらくの間キーンと耳が鳴り続けてなにも聞こえなかったほど。

霧に包まれた視界はさらに白く染まり、鼻の奥には初めて嗅いだかのような、とにかく……まあ、変な匂いがずっと離れなかった。


「おーい! 大丈夫かみんな?」耳の奥にイーグの声が響く。

俺の隣にはジールとマティエが、頭からもろに泥を被った姿で棒立ちしていた。

「なんなんだ……今のは」

いや、よく見るとマティエ達が被ってるのは泥じゃない。怪物の身体の一部だ。なんとも言えない肉色をしてる。だがこんなこと話したら二人とも気絶するんじゃなかろうか……ジールなんて今にも吐き出しそうな顔をしてるし。

「新兵器みたか? 一撃で爆発したろ。すっげえ威力だな!」

え……ってことは今のはイーグがやらかしたってことか?

まあとりあえずこいつを殴るのは後だ。落ち着いて俺たちは唯一きれいな身体をしているイーグに話を聞いた。


「ルースがこの前俺っちにってくれたんだ。名付けて破裂剤!」

そう言ってあいつは、俺にちゃぽんと水の入った素焼きの瓶を渡してきた。さして大きくはない瓶だ。だが蓋は外れないように硬く栓がしてある。

「どうやってこれを使うんだ?」と、俺から瓶をひったくったマティエが、栓を強引に抜こうとしていた。

「そいつの栓を抜いたら、中にたっぷり水を入れるんだ。でもってもう一度栓をして思いっきり振る。そしたら完成だ」

イーグが言うことには、この大きさで俺の家を吹っ飛ばすくらいのパワーを持っているらしい。だからあの怪物も見事に四散したワケか。

「投げつけて瓶が割れると同時にドカンとデッカい爆発するんだ。アイツが言うにはナントカ酸と水が混ざることによって……えーと」

どういう仕掛けなのかはイーグにもよく分からないみたいだ。


あとでジールが話してくれたんだが、おそらく酸を使ってるんだろうとの事だ。前に城で暴れたバケモノ……そう、俺とルースとジールで退治した奴だ。あの時も酸とかいう変な薬で仕留めることができたから、ルースはきっとそれを応用した武器を密かに開発していたんだろうって。

まあとにかく勝負は一瞬で終わってくれて助かった。被害は俺のあばら骨だけで済んだみたいだし、あとは証拠の回収だけだな。


……………………

………………

…………

「ラウリスタの斧が通用しなかった……?」

怪物の遺した足の一本を馬で引きずりながら、俺たちはシィレへの帰路を急いでいた。

俺はといえば、退治はできたものの、腑に落ちない点がひとつ。

同様にラウリスタ作のマティエの槍はそんなことはなかったそうだ。怪物の身体に貼り付けられた鎧を難なく貫き、奴の身体も斬ることができた。

だが、俺の斧は……

「贋作とは、認めたくないものだな……」と、マティエは寂しげな目で澄み渡った青空を見つめていた。何時間くらいあの怪物と対峙していたのだろう、あの霧のせいで時間の感覚すら分からなくなっていた。

そうだ、寄り道食ってしまったが、とにかく早いとこナウヴェル達の足跡を追わなければいけねえんだ。


「ラッシュ、街に戻ったらすぐに医者行こう、骨折れてんじゃないの?」

ジールに言われて思い出した、さっきまで息をするのもキツかったあの痛みが……って、あれ?

「治った」

「え?」


「ああ、もう大丈夫だ。いつの間にか治っちまったみたいだ」

「なに……それ?」呆気に取られたジールがなんていうか……あいつもあんな可愛い顔するんだな。

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