湿原の怪物 その7
大急ぎでジールを連れてマティエの元に駆けつけると、両脚を切り落とされた怪物の巨躯の半身が泥に沈んでいるのが目に映った。
当の彼女は俺の姿をチラッと見た、そんだけだ。あとはなにも言わない。
つーかそれだけでいいんだ。あーだこーだ心配してくれるのはジールくらいでいい。あとは口に出さなくても横目で意識してれば十分だと俺は戦場で学んでいるから。
とりあえずこの大女に経緯を話すと、目元が一瞬ぴくっと驚きに変わった。
「ラウリスタの斧が……か?」
そうだ、マティエの愛用している得物もラウリスタの鍛えた斬れ味抜群の槍。あのダジュレイの身体にも一撃を食らわすことができた。もちろんこの怪物にもだ。
「私のはいつもと変わらない……が、なぜだ?」
いやそれは俺の方が知りたいんだわ。つーかこれからどうする気だ?
問うと、マティエは手にした槍の先で怪物の方を指した。
「できれば身体の一部でも採取して持ち帰りたいところだが」と、彼女は続けた。
「気持ち悪い感触だった。あの身体には骨もなければ血も出てこない……つまりは肉の寄せ集めみたいなものだ」
「そんな木偶人形みたいなものが動いて、なおかつ私たちに襲いかかってくる。万物の法則を完全に無視した生き物なのよね」と、ジール。
そうだよな、極端な言い方をすれば、肉屋とか市場に並んでいる魚がずっとぴちぴち動いてるようなもんだから。ますますもって気味が悪い。
つまりは、動く死体って言えばいいのかな。
……え、死体……?
ふと、俺の頭の隅に、チビと初めて会った時のことを思い出した。
あれは確か、戦場のゴミ拾い……つまりは掃除に行く馬車の中でルースと他愛のない会話をしていて。
ーなあ、死んだ奴ってどうやったら生き返らすんだ?ー
ーうーん……私に聞かれましても、こればかりは実際に見てみないと分からないですねえー
そうだ、親方が死ぬちょっと前にそんな噂話を耳にしたんだっけ。
死んだ奴らを蘇らせて、自分の意のままに操る奴がいるってことを。
だが生き返った奴らには、魂そのものがもはや存在しない。
だから、そいつらをまた戦いの場に送りだす……死んだ人間はまた死ぬことがない。ただ腐って地面に還るだけだと。
記憶の糸絡まりが面白いように解け、また新たな記憶に結びつく。
初めてネネルに出会った日、城内でなんとか倒すことのできたドールって騎士のことを。
いやそれよりも、ネネルだって最初はエセリア姫の肉体を共有したんだっけか。
まだ仮説にしか過ぎないが、こんな気色の悪いことができるのは……つまりマシャンヴァルが裏にいるってことか!?
その時だった。泥に沈んでいた怪物が、両腕だけで立ち上がって俺たちのところへ這い進んできた。
なるほどな、動いてるやつはみんな殺さなきゃ気が済まないってことか。ならば歯向かえないように徹底的に切り刻むしか!
「伏せろ!」
汚名返上だ、と斧をぐっと握りしめた直後だった。
え、イーグの声……? 一体どこにいたんだあいつ?
ボン! と考える間もなく、突然怪物の身体が四散……いや、なんの前振りもなくいきなり爆発した。
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