湿原の怪物 その4

俺たちはこのデカい足音の主をやり過ごそうと、身の丈ほどもありそうな倒木の陰へと隠れた。

これは明らかに地震とかじゃない、一定の拍子でこっちに向かってきている。俺一人だけならすぐに斬りかかってもいいんだが、あいにくこっちは3人も連れてるし……いや、意見がとことん合わないやつが約一名。若干不利だ。


ずん……ずん……

だんだんと水面の波紋は跳ねるほどに大きさを増してきた。こいつはナウヴェルクラスの大きさなんかじゃねえ、あの時対峙したダジュレイ並みだ!

「ラッシュ、深呼吸だ……落ち着け」

その、意見が合わない女からの助言がさらに腹が立つ。ヤバいやばい。とにかく別のことを考えろ俺!


……と、俺はふと出がけにエイレと交わした会話のことを思い出した。


……………………

………………

…………


「お、怒らないで聞いてください……ラッシュさんのこと、僕、すっかり気になってしまって」

「気にいったってどういう意味だ? 俺はもうマティエのやつと結婚し……」

「それ、嘘ですよね?」

そうだ、あいつはにっこり笑ってそう言ってのけたんだっけ。俺もその時すっげえ焦って思わず語気を荒げちまった。「なぜ分かるんだ!?」って。

平然とあいつはまた言いやがった……

「だってラッシュさん、マティエさんと酒の席では全然会話してなかったですし。それに……」

マティエは結婚のこと以外、ほぼ私生活に触れなかったこと。

出会いとか馴れ初めを聞かれてもすべてはぐらかしたこと。

仲がいいと話してるわりには、お互いの目も合わしていなかったこと。

なるほど、これは夫婦ゲンカとかで険悪になってるんじゃない。

そもそも、この……俺とマティエは最初っから赤の他人どうしだろうって。


そして、とどめに一発。

「マシューネを発つ時に僕に結婚する相手のことを少し話していたんです。その時の手振りが明らかに……」


そう、小さかった。

あの女と同じ背丈を表す手振りじゃなかった。それで確信したんだとか。


「……驚いたな、そこまでお前は観察してやがったのか」

観念すると、エイレは照れ臭そうな、それでいて口元に気難しさを浮かべ、また俺に話したんだ。

「分かっちゃうんです、昔から。相手の挙動から視線、それに話すときのクセを見てしまうと、ウ嘘かどうかがすぐに」


こいつ、まるで心まで読んでるようだ。

「でも……それが元で話し相手が仲間が全然できなくって……僕も思ったことがすぐに口に出てしまうんで、ほら……マティエさんは女性だし、きれい好きじゃないですか。それに比べてラッシュさんの方は……そう、おそらくひと月近くお風呂に入ってない臭いするから、もう絶対に生活が噛み合わな……って痛っ!」


悪ぃ、勝手に手が出ちまった。

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