種族の壁を越えて 1

相変わらず、ルースは一人、部屋の隅で頭を抱えたままだった。

ジールたち女性陣は、温泉とかいう風呂に行ったままずっと帰ってこないし……‬なんでもここスーレイは、地面の底から沸かさなくてもいいくらい熱いお湯が、年がら年中至る所から湧き出しているって話だ。なもんでそれがスーレイの観光資源とやらの一環になっているとらしい。旅人の疲れを癒す温泉って触れ込みでな。


ってことで、来客用のでっかい部屋には俺やルースの他にアスティたち、あとから来た男たちが、特に何をするってわけでもなく、疲れた、いまにも寝ちまいそうな顔でテーブルに伏せっていた。


そうだ、例のルッツェル公が言うには、数日ここから出ないでくれと。なんでかって聞いたら……‬もちろん原因は俺。

生け贄の暴動の件で街中で俺が大暴れしちまったもんだから、まだ殺気立った街の男どもが俺をブッ殺そうと血眼になって探しているらしい。

そう、あのあと俺が捕まったことすらも知らずにだ。

だからほとぼりが冷めるまでの間はここにいてくれて構わないんだとさ。まあ俺が撒いてしまった種だからしょうがないか。


「で、ルース……‬ジャノって子の件、あれ本当なのか?」

イーグ怪訝そうな顔をして聞いてきた。もちろんルースは即座に「うん」って返答しただけだがな。


けどそれって、なんか疑問か?

もちろん親方に隠し子がいたことに関してはちょっと衝撃的だったが、親方の方も根っからの傭兵稼業大好きな仕事人間だったんだし、別にそこで子供を宿してしまったジェッサと別れたところで、なにぶん不思議にも思わないし。

「いや、そうじゃないんだ」

苦笑いしたルースが俺の心情に突然割って入ってきた。

「うん、いや……‬しょうがないか。ラッシュはこのことに関してはまだ教えが足らなかったしね」

「え、ラッシュそんなことも知らなかったのかよ。こんなの常識中の常識だろ」と、なんかフィンの言い方が気に食わなかったから、とりあえず奴の鼻にデコピンして黙らせた。


かくして、またルースのお勉強会が始まった……のか?

「ずっと前に僕が家庭教師をした時に話したっけ、異なる種からは子供ができないって」

ああ、そういや以前そんなこと話してくれたっけな。ほとんど忘れちまったけど。

「あの時僕らが会ったジェッサ……‬彼女は僕らと同じ獣人だったよね」

そうだよな。黒くって小さめの丸い耳の、黒豹だったっけか。

……‬あ!!!

「でしょ、もしそれが……‬親方が日記に記したことが真実だったとすると、獣人であるジェッサと人間の親方との間には子供なんてできない」

そうだった、うかつだった。違う、俺がバカすぎた。

子供ができたとかそう言う問題じゃねえ。俺たち獣人と人間とで子供が出来たって言う方のが問題だったんだ!


でもね、と一拍置いて、ルースはアスティ他男全員を呼び寄せ、静かにこう付け加えた。


「しかし彼女は違っていた……‬いや、違うというか、ジェッサは獣人だけど人間でもあったんだ」

「「「「なんだってえええ!?」」」」

その言葉に、イーグもアスティも……‬いや、その場にいた男たち全員揃って変な声が出てしまった。

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