ガールズ・トーク3

ざぶんと、月を写した水面に大きな水しぶきが飛ぶ。

「ぁぁぁぁぁあ〜!! マジ久しぶりの風呂! 最っっ高!!」

「こういうタイプのお風呂って、温泉って呼ぶそうですよ、ジールさん」

「え、そうなのシスター。そーいやシスターってすっごいきれいな金髪よね。初めて見たかも」

白い素肌に、ゆうに腰まで届く長い髪。

いつもはフードに隠れていて分からなかったロレンタの金色の髪が、月の光にまばゆく輝いていた。

「そ、そんな……あんまり手入れしてないから、そんな近づいて見られても」

「あたいなんかその手の髪の毛とは無縁だしね。ホント素敵だよロレンタ」

パチャのエメラルドグリーンのつるりとした素肌が湯を弾く。パチャだ。

「私、パチャさんの肌に憧れてるんです。それにジールさんの細い手足とか」

「もう、そんな謙遜しなくってもいいよ。みんな素敵なんだし、ね」

そう話すパチャの手には、開けたばかりの酒の瓶が。

「ってことでトガリの荷物からちょっと拝借してきたんだ。スーレイの特産の酒。ここで飲めば最高と思ってね!」

「おお、パチャやるじゃない。褒めて遣わす!」

「にひひ、ジール姉貴ってすげえ飲めるって聞いたんで」

「わ、私は……教義上お酒は」

「え、お酒ダメなのロレンタ?」

いや、でも……と。シスターの薄い唇がわずかに言葉を紡いでいた。

「ンなわけないっしょ。秘蹟に使うクソマズいお酒たまに味見してるの見たことあるゾ」

「ええええジールさん、いつそんなの見てたんですか!?」

彼女は唇に人差し指をあててひと言「秘密」とだけ応えた。

……………………

………………

…………

「温泉っていいよねー。こうやって思いっきり足伸ばせるし、みんなとお話しできるし、オマケに酒も飲み放題だし」

「だよねー、あんまり言いたくなかったケド、アラハスには砂の蒸し風呂しかなかったから、余計にね」

「あれはあれで素敵なんですけどね」ロレンタの頬が、ほんのりと赤く染まっていい気分になれそうな……その時だった。


「ズルいぞみんな先にお湯入りやがってええええ!」

無邪気な影が助走をつけてダイブしてきた。ジャノだ。

「ぶはっ! ジャノおまえ大股広げて飛び込むンじゃねえっつーの!」

「いいじゃねーかパチャ姉。俺だって温泉初めてなんだし」

「そういや、ジャノさんは砂漠では身体どうやって洗ってたの?」

「んあ? 寝床の洞窟の奥に湧き水出てるとこがあって、そこで水貯めて浴びてたよ?」


そんな屈託のない話を続けているジャノの身体を、ジールは隅々まで眺めていた。

確かに彼女は人間そのもの。だけども彼女の母親であるジェッサは、ルースの話では確かに黒豹種の自分らと同じ獣人だったはずだ。


人間であるガンデ親方との間にできたのがジャノ……?

今どき誰だって知っている。他種族との間に子供なんてできないことくらい。

それが、なぜ?

「ジール姉もこっちきて一緒に酒飲もうよ〜」

あられもない姿で、ジャノが抱きついてきた。すでに息が酒臭い。

だがその身体の違和感を、ジールは見逃さなかった。


肩の先から背筋、そして腰にかけてうっすらと生えている、人とは違う質感の毛を。

月の光の角度によって、銀色にも、でも黒にも見える不思議な色合い。

「ジャノ……面白い毛が生えてるね」

それだけじゃない。手足の爪もだ。

通常、人間に生える丸いエッジの爪とは大きくかけ離れた、長細く、そして尖った爪。

「ああこれ? おっ母が言うには生まれつき生えてたって」

「こ、この爪も……?」

「そうだよ、妹と違って俺の爪って鋭くなってるんだ。だから俺だけブーツとか履いてもいつも先っちょ破けちゃうんだよね」


「どうしたんですかジールさん、そんな真剣な顔をされて」

「え、あ……ちょっと、ね」

ジールはルースの話をいま一度思い出していた。

オルザンに落ちて、ジェッサは半身が人間に変わった……と。

つまりは、彼女は獣人でもあり、人間でもあると言うこと?

その子供であるジャノは、一体どっちの血を持っているのか……


ふと見上げた空の月は、瞬く間に黒い雲に覆い隠されていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る